夜勤者の話・第2話:奥に入った日の、明け方の血圧

約6分
夜勤者の話・第2話:奥に入った日の、明け方の血圧
目次
  1. 奥の部屋に、患者が入る日
  2. 04:00以降のバイタルとは
  3. 初めて遭遇した夜
  4. 申し送りで、何が引き継がれているか
  5. けれど、説明できない部分
  6. 引き継ぎノートに、患者の名前は残らない
  7. Mさんが、第3話で話してもいい、と言ってくれたこと
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Mさん(仮名・31歳・関東圏の総合病院・看護師・夜勤歴7年)から、第1話に続いて、もう一本話を伺った。前回の取材から2週間ほど空けて、メールで2往復、オンライン通話を1回・約40分。仮名と病院名・診療科・所在地、Mさん本人の出身地と現住地、すべての伏字を条件に、引き続き掲載の承諾をいただいている。

管理人としては、第1話の「ナースコールが鳴らない部屋」の話を聞いた時点で、ああ、これは1話で終わらない、と感じていた。Mさんに連絡を入れたら、Mさんも『話せる範囲で、もう一本ある』と言ってくれた。

第2話は、第1話と同じ「奥」の部屋の話だ。ただし、現象は別系統。引き継ぎでも、ナースコールの件とは別欄で、申し送りされている。

順番に書く。

奥の部屋に、患者が入る日

奥の部屋は、いつも患者が入っているわけではない。差額ベッド代がそこそこ高いのと、構造が古いのと、いくつかの理由で、空床期間が長い。

3階東病棟の他の個室が満床になり、それでも個室希望の患者が来た時に、ようやく奥が使われる。

頻度としては、月に2回か3回ほど。長くても1週間で退院になる。

奥の部屋に患者が入ると、その夜から、引き継ぎノートに、もう一行が増える。

「奥、明け方04:00以降のバイタル、複数回測定」

たったそれだけの一行。

04:00以降のバイタルとは

夜勤帯のバイタルチェック(体温・血圧・脈拍・呼吸数・SpO2)は、患者の状態によって頻度が違う。重症の人は2時間おきに測ることもあるし、安定している人なら、20:00と06:00の2回で済むこともある。

奥の部屋に入る患者は、症状的には「個室が必要なほど重症」というわけではないことが多い。むしろ、家族が個室を希望するパターンが多い。なので、本来であれば、夜勤帯のバイタル測定は、申し送りが少なくて済むはずの部屋だ。

けれど、奥に入った夜は、04:00以降に、もう一度バイタルを取り直す。これが現場のルールになっている。

理由は、申し送り文には書かれていない。先輩から後輩に、口頭でだけ伝えられる。

「04:00過ぎに最初に取った血圧の値、信用しないこと」

初めて遭遇した夜

私が奥の部屋を担当したのは、入職して2年目の冬だった。

その夜の患者は、70代の女性。手術後の経過観察で、家族の希望で個室。状態は安定していて、夜勤帯の業務としては、特別なことは何もないはずだった。

引き継ぎで、先輩から「奥は04:00以降のバイタル、必ず2回測ってね」とだけ言われた。理由は聞かなかった。当時の私は、聞いてはいけない、というニュアンスを、何となく察していた。

04:00過ぎに、私は奥の部屋に入った。

患者さんは、よく眠っていた。声をかけて起こすほどではない。腕を出してもらって、血圧計のカフを巻いた。

1回目の測定値は、上が80、下が42。

低い。明らかに低い。手術後で安定していると申し送られた患者の値ではない。

慌てそうになって、それでも先輩の言葉を思い出した。「最初に取った値、信用しないこと」。

カフを外して、もう一度巻き直した。患者さんはまだ眠っている。

2回目の測定値は、上が118、下が72。

普通の値だった。

3回目を取った。上が120、下が74。安定している。

記録には、2回目以降の値を書いた。1回目の値は、書かなかった。

申し送りで、何が引き継がれているか

翌朝、日勤の先輩に引き継ぎをした時、私は「奥のバイタル、最初の値が低かったので、再測定しました」と、それだけを報告した。

先輩は、頷いた。表情は変えなかった。

「うん、それでいい」とだけ言った。

その日の夕方、シフト後に、別の先輩看護師から、ナースステーションの隅で声をかけられた。

「奥のやつ、今朝が初めて?」

私は、はい、と答えた。

先輩は、少し笑って、「最初の値、毎回違うんだよね。低かったり、高かったり。私の時は、上が180、下が110だった。でも2回目には正常になる」と言った。

『毎回違う』という言葉が、頭に残った。

つまり、奥の部屋では、04:00以降の最初のバイタル測定が、毎回、何かしらの異常値を出す。けれど、再測定すれば、正常に戻る。

カフが緩んでいた、患者の体動があった、機器の不調、いろんな説明はつく。一回測り直せばいい話だ。

けれど、説明できない部分

説明できないのは、頻度だ。

3階東病棟には、個室が8部屋ある。私はこの2年間で、すべての個室を担当した。

04:00以降の最初のバイタル測定で、明らかに異常な値が出るのは、奥の部屋だけ。他の個室では、こんなことは起きない。

もう一つ説明できないのは、機器を変えても起きる、ということ。

3階東病棟には血圧計が3台ある。点検も入っている。どの機器を使っても、奥の部屋では、最初の測定だけ、必ず異常値が出る。

機器の不調なら、他の部屋でも同じ頻度で起きるはず。けれど、起きない。

引き継ぎノートに、患者の名前は残らない

もう一つ、Mさんが取材の中で、ぽつりと教えてくれたことがある。

奥の部屋に入った患者の名前は、3階東病棟の引き継ぎノートに、残らないのだという。

正確には、入院期間中の申し送りには名前が出る。退院後、申し送りノートを過去ページに繰っていくと、なぜか奥の部屋の患者名だけ、ページから消えている。

消えている、という言い方は、正確ではないかもしれない。「他の患者の名前は残っているのに、奥の部屋の患者名だけが、書かれていない」という方が近い。

Mさんは、これに気づいたのは、夜勤歴3年目の頃だと言う。過去のノートを遡って何かを確認しようとした時、奥の部屋に入っていたはずの患者の記録だけが、申し送り欄から抜けていた。

誰かが意図的に消しているのか、書き忘れが続いているのか、Mさんには判断できないらしい。

「シフトリーダーに聞いたんですけど、『気にしないで』って言われて、それ以上は突っ込めませんでした」と、Mさんは話してくれた。

Mさんが、第3話で話してもいい、と言ってくれたこと

取材の終わり際、Mさんが、もう一つだけ話せそうな件があると言ってくれた。

「奥の部屋に入った患者さんで、退院後に、もう一度同じ病院に来た人の話、もし聞いてもらえたら」

すぐ書けるかどうかは分からないけれど、第3話で扱うつもりでいる。

こっちにも、もうひとつ

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