吉見百穴、数えてはいけないと言われる話
Tさん(仮名・38歳男性・埼玉県内のIT営業)から、サイトの投稿フォーム経由で届いた話。場所は埼玉県比企郡吉見町・吉見百穴(よしみひゃくあな)。古墳時代の横穴墓群で、観光地として全国的に知られている場所。地元では「お盆に行くな」「夜は近づくな」「写真を撮ると」など、いろいろな噂が昔からある。Tさんが体験したのは、それとは別系統の「穴を数えてはいけない」という話だった。
これは僕が高校3年の秋にあった話で、もう20年くらい前のことなんですけど。
僕は埼玉県の比企郡で生まれ育って、地元の高校に通ってました。
吉見百穴は、地元なら子どもの頃から遠足や写生大会で何度も行く、観光地兼史跡みたいな場所。
古墳時代に作られた横穴墓群、っていう説明が看板に書いてあって、岩の壁にいくつもの四角い穴が並んでる、写真でよく見るあの場所です。
地元の人間にとっては「百穴」って言うだけで通じる。それくらい身近でした。
ただ、子どもの頃から大人に何度か言われていたことが、いくつかある。
「お盆には近づくな」、「夜は行くな」、「穴の中で写真を撮るな」。
その中に、もうひとつ、地元の人間しか言わない話がありました。
「百穴の数を、数えてはいけない」。
父親に言われたのが最初で、何でと聞いたら「数えると一つ増える」って言われました。
子どもながらに「そんなわけない」と思って、当時は流してました。
高校3年の秋、放課後、同じクラスのKとSとMの4人で、自転車で百穴まで行ったんです。
10月の終わりごろで、もう日が落ちるのが早くなって、ちょうど閉園時間の17時前くらい。
受付のおじさんはもう帰り支度をしていて、僕らが「もう帰ります」と声をかけたら「気をつけてな」とだけ言われました。
4人で穴の前に並んで立って、誰かが「これ、数いくつあるんだろ」と言い出した。
そこから数えゲームが始まりました。
4人で別々に数えて、合った数を答え合わせる、っていう遊び。
僕は左の端から、声に出さずに頭の中で数えていきました。
1、2、3、と順番に。
最終的に、僕の数えた数は237でした。
Kは233。Sは238。Mは236。
誰の数も違いました。
「お前ら、ちゃんと数えてないだろ」と笑い合って、もう一度、今度は全員で同時に、声に出して数えることになりました。
「いち、にい、さん」と、4人で声を揃えて数えていったんです。
声を揃えて数えてるうちは、ずっと同じ数になるはず。
でも、200を超えたあたりから、声がだんだんバラけてきた。
誰かが先に進み、誰かが遅れる。
「あれ、待って、今のいくつ?」と止まる瞬間が何回か出てきて、4人とも、自分の数えた数が分からなくなりました。
結局、Kが234、Sが240、Mが233、僕が238。
最初より、ばらつきが大きくなっていました。
それでも誰も、そこで止めようとは言わない。
「最後にもう一回、一人ずつ数えよう」と、Sが言いました。
残りの3人は壁を背にして座って、Sがひとりで穴の前を端から端まで歩きながら、声に出して数えました。
1、2、3、4、5。
Sの声だけが、夕方の風に混じって聞こえていました。
200を超えて、220、225、と数えていったとき。
横から、別の声が聞こえました。
「足りない」。
低い、男の声。
4人とも、その声を聞きました。
Sは数えるのをやめて、僕らの方を振り返りました。
でも、誰もしゃべってない。
受付のおじさんはとっくに帰っていて、観光客も誰もいなかった。
百穴の前には、僕ら4人しかいなかったはずです。
「いま、何か言った?」とSが聞いて、3人とも「言ってない」と答えました。
声は、僕らの誰のものでもなかったし、僕らの後ろの森の方からでもなかった。
正面の、穴の方から聞こえていました。
4人とも、それ以上数えるのをやめて、自転車で走って帰りました。
家に帰ってから、親に話そうかどうか迷って、結局言えなかった。
その夜、夢を見ました。
自分が百穴の前にひとりで立っていて、誰かが穴の中から「足りない」と言っている、そんな夢。
朝起きて、Kから電話がありました。
「お前も、夢見たか?」とKが聞いてきました。
同じ夢を見ていたのは、僕とKとSの3人。
Mだけが、夢を見ていませんでした。
Mは「足りない」と言われたとき、たまたま下を向いていて、声をはっきり聞いていなかった、と後から言いました。
あれから20年。僕は地元を離れて都内で働いてます。
百穴には、卒業以来一度も行っていない。
ただ、たまに地元の友人と飲むと、誰かが「百穴って、数えると一個増えるって本当か」と話を振ることがあります。
増えるんじゃなくて、足りないんだよ。僕はいつも心の中でそう思う。
声に出して言ったことは、一度もありません。