開発で一本だけ残された大木の周辺を造成していたら、朝ごとに塩と水が供えられ、夜の見回りで木の下に白っぽい人影が立っていた話
Kさん(仮名・40歳男性)から、知人を介して届いた話。造園や外構の仕事を長くやっている方で、いまも現場に出ているという。仮名にすること、場所も会社名も伏せることを条件に、書かせてもらっている。
これは三年くらい前、ある開発予定地に入ったときの話です。
自分はその頃、造成と外構を請け負う会社で働いていました。宅地にするために、もとあった林を切り開いて、地面をならす。そういう現場が多かったです。
その日の現場も、もともとは雑木林でした。少し小高くなった土地で、まわりに家はほとんどない。これを切り開いて、何区画かの宅地にする計画。
林を伐っていくと、真ん中あたりに、一本だけ大きな木が残っていました。
まわりの木とは、太さがまるで違う。大人が二人で手を回しても届かないくらいの幹で、上のほうは枝が大きく広がっていました。何の木かは、自分には分からない。
その木の根元に、古い石が一つ置いてありました。小さな祠の土台みたいなものだったのかもしれない。屋根の部分はとっくになくて、苔のついた台座だけが残っていた。
現場では、その木をどうするかが、なかなか決まらない。設計の都合では、区画の真ん中に来るので、切るか、どこかに移すか、という話でした。
地元の人が何人か、会社のほうに言ってきたらしい。あの木は昔から切ると良くないと言われている、と。詳しい由来は、自分は聞いていません。色々言われているみたいだ、という程度。
その話が出てから、現場で小さなことが続くようになりました。
最初は、若い子が重機の段差で足を滑らせて、足首をひねった。次の日は、別の人が資材を運んでいて、指を挟んで爪が割れた。どれも大した怪我ではない。
ただ、一週間のうちに四件か五件、立て続けに起きました。こういう仕事は怪我と隣り合わせなので、珍しくはない。でも、いつもの現場より明らかに多かったです。
重機も、よく止まりました。朝にエンジンがかからない日が何度かあって、整備に出しても異常なし、と言われて戻ってくる。
職人さんの中には、はっきり口に出す人もいた。あの木を切る話が出てからおかしい、と。自分はそういうのを、あまり信じないほうでした。
ある朝のこと。自分はいつも通り、七時前に現場に着きました。
その木の根元を、何気なく見た。台座の上に、白い小皿が二つ置いてありました。
片方には塩が盛ってあって、もう片方には水が入っていた。どちらも真新しい。皿に埃ひとつ付いていなくて、水も澄んでいました。
前の日の夕方、自分が最後に現場を出ました。その時、台座の上には何もなかった。鍵のかかるゲートを閉めて帰ったのは、自分です。
朝、ゲートはちゃんと閉まっていました。夜のあいだに誰かが入った様子も、特にない。
職人さんたちに聞いて回りましたが、誰も置いていないと言う。地元の人が塀を越えて供えに来たのかもしれない、とは思いました。ただ、塀はそこそこ高くて、年配の人が越えられるものではない。
結局、誰が置いたのかは分からないまま。塩と水は、邪魔になるので片付けず、そのままにしておきました。
その木を移す方向で話が進んで、根回しのために、夜も現場に重機を入れることになった。それで、夜のあいだ、交代で見回りをすることになったんです。
自分が見回りに当たったのは、塩と水を見つけてから、何日か後の夜でした。
十一時くらいだったと思う。プレハブの詰所を出て、懐中電灯を持って、現場をぐるっと回りました。
重機のあたりを確認して、最後に、あの木のほうへ光を向けた。
木の下に、人が立っていました。
白っぽい着物のような、薄い色の服。こちらに背を向けているのか、横を向いているのか、はっきりしません。光を当てているのに、輪郭がぼんやりしていた。
自分は、地元の人が来たのかと思って、声をかけました。すみません、ここ立ち入り禁止なんで、と。
返事はありませんでした。動きもしない。
もう一度、懐中電灯を向け直した。その時には、もう誰もいません。木の下には、さっきの石の台座と、塩と水の皿があるだけでした。
自分は、見間違いだろうと思うことにした。夜で、暗くて、懐中電灯の光だけだったので。
ただ、その夜から、見回りを代わってもらいました。理由は、うまく言えなかった。
結局、その木は切られませんでした。移設の話も、いつの間にか立ち消えになって、設計のほうを変えて、木を残したまま区画を割ることになったそうです。
自分は途中で別の現場に移ったので、そのあと、その土地がどうなったのかは知らない。
いまでも、よく分かりません。塩と水を誰が置いたのか、夜に見たのが何だったのか。
ただ、あの木を切る、移す、という話が出ているあいだだけ、ああいうことが続いた。それだけは、はっきりしています。