旧佐敷トンネル、両側から覗く話

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旧佐敷トンネル、両側から覗く話
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Mさん(仮名・47歳男性・熊本県芦北町在住・林業)から寄せられた話。場所は熊本県葦北郡芦北町、国道3号の旧道に残る「旧佐敷トンネル(旧佐敷隧道)」。明治36年に完成した古いトンネルで、地元では昔から心霊スポットとして知られている。Mさんは「噂は前から知っていたが、自分の体験は地元の人しか知らない別の話だ」とのこと。

これは10年くらい前の話で、俺が30代後半の頃のことなんですけど。

俺は熊本県芦北町の生まれで、いまも町内で林業の仕事をしてます。

山の中で木を伐ったり、間伐をしたり。

芦北町には旧佐敷トンネル、地元の年寄りは「旧佐敷隧道」と呼ぶトンネルがある。

明治36年完成、レンガ作りの古いトンネルだ。いまは新しいトンネルが通ってるから、旧道はほとんど使われてない。

心霊スポットとしてはそこそこ有名で、ネットで芦北町や熊本県の心霊スポットを調べると、必ず名前が出てくる。

ただ、ネットに出てくる話はだいたい「車で通ると窓に何かが映る」「白い人影を見た」「内部で異音がする」みたいな、誰でも書けそうな話ばかり。

地元の人間が知ってる話は、そういうのじゃない。

俺が体験したのは、10年くらい前の冬、12月の終わりの頃だった。

仕事で旧佐敷トンネルの上を通る山道を、軽トラで走っていた帰り道。

「上」というのは、旧トンネルの真上の山の中のこと。

昔の林道で、いまはほとんど使われてない。ただその日は間伐の現場が近かったから、そこを使ってた。

夕方の4時を過ぎて、12月だから、もう薄暗くなってきてた。

林道を下って、旧トンネルの真上を通った時、軽トラのエンジン音以外に、下の方から、低い、人の声が聞こえた。

聞こえた、というよりは、車を止めて、エンジンを切った時に、はっきり聞こえた、という方が正確だ。

なぜエンジンを切ったかというと、林道の真ん中に、鹿が1頭立ってたから。

雌鹿で、こちらをじっと見ていた。

驚かさないように、俺はエンジンを切って、しばらく待つことにした。

鹿が動かないから、こっちも動けない。林業ではよくあることだ。

鹿が立ち去るまでの30秒くらい、俺は窓を半分開けて、エンジンを切ったまま、車内で煙草に火を点けた。

山の風の音と、自分の呼吸音と、それから、下の方から聞こえてくる、低い、人の声。

1人じゃない。少なくとも2人。

話してる、というよりは、何かを呼びかけている、という感じだった。

下の方というのは、つまり、旧トンネルの上にいる俺の真下、トンネルの中、ということになる。

トンネルは封鎖されてるはずだった。鉄柵で、入口は塞がれてる。

観光や肝試しで入る人がいたとしても、声が山の上まで聞こえるほど大声を出すのは、不自然だった。

それより不自然だったのは、声が片側からじゃなくて、両側から聞こえていたこと。

旧佐敷トンネルは、芦北町側と津奈木町側の両方に出口がある。

俺がいた林道の真下は、トンネルのちょうど真ん中あたり。芦北側の出口と、津奈木側の出口は、それぞれ何百メートルも先にある。

両側から、別々の人の声が、トンネルの真下、つまり俺の真下に向かって、何かを呼びかけてた。

鹿は、俺がそれに気づいたのと同じタイミングで、音もなく林道の脇の藪に消えた。

俺はエンジンを掛け直して、そのまま林道を急いで下りた。

町に戻ってから、地元の年寄りの大工に、その話をした。

大工は「両側から呼ばれてたんやな」と、当たり前のように言った。

「旧トンネルの真下を、夕方に通る時は、エンジンを切るな」と。

理由は教えてくれなかった。

「呼ばれて中に入った人がおる」とだけ。

それから10年経って、俺はまだ芦北町で林業をやってる。

旧トンネルの真上の林道は、いまもたまに使う。

ただ、夕方には絶対に通らない。

もし通る時があっても、エンジンは絶対に切らない。

ネットで「旧佐敷トンネル」を調べても、両側から呼ばれる話は出てこない。

地元の年寄りは知ってる話で、俺たち40代以下の地元の人間も、子どもの頃から「夕方は通るな」と言われて育った。

観光地として紹介されてるトンネルとは、地元では別の物として扱われてる。たぶんそれが正確な言い方だと思う。

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