秋芳洞の閉洞間際、後ろからついてくる足音が靴の音じゃなかった話

約4分
秋芳洞の閉洞間際、後ろからついてくる足音が靴の音じゃなかった話
目次
  1. ひとりの洞内
  2. 後ろの音
  3. 出口まで
  4. 係の人の反応
共有: X LINE

Kさん(仮名・33歳男性・広島市の機械メーカー勤務)から届いた話。

場所をはっきり言ってもらっていい、と本人が言うので、そのまま書く。山口県の秋芳洞。日本最大級の鍾乳洞だ。

去年の秋の連休に、車で山口を回ってたんです。一人旅です。昼に角島へ行って、午後の遅い時間に秋芳洞に着きました。

受付でチケットを買うとき、係の方が時計を二度見たのが記憶に残ってて。いま思えば、あれは「この時間から入る客」への目。そのときは何も思わず、洞内の地図だけもらって歩き出しました。秋の夕方で、入口に近づくほど空気がひんやりしてくる。洞口の前に立つと、中から川の音が聞こえました。

入洞の受付が終わる少し前で、駐車場はもうガラガラ。係の方に、閉洞まであまり時間がないですけど大丈夫ですか、と聞かれて、急ぎ足で見ますと答えて入りました。

ひとりの洞内

中に入ると、本当に誰もいない。

秋芳洞って、洞内がものすごく広いんです。天井が高くて、通路の照明がぽつぽつ点いてて、川の音がずっと響いてる。

百枚皿という有名な棚田みたいな場所まで歩いて、写真を撮って、そこで折り返しました。閉洞の時間が近かったので。

帰り道も、すれ違う人はゼロ。自分の足音と水の音だけです。

贅沢だなと思ってました。この規模の鍾乳洞を貸し切りで歩けるなんて、と。

百枚皿のあたりで一度、照明が少し暗くなった気がして立ち止まりました。たぶん節電か何かで、時間帯によって照明が変わるんだと思います。閉洞が近いんだな、と。

急ごう、と思って歩く速度を上げました。広い洞内で「急ぐ」と、自分の足音だけが妙に大きく聞こえます。

後ろの音

出口まで半分くらい戻ったあたりで、後ろから音がしてるのに気づきました。

足音。

最初は自分の足音の反響だと思いました。洞内は音がよく響くので。それで、試しに立ち止まってみたんです。

二歩ぶんくらい遅れて、音も止まりました。

反響なら同時に止まるはずだ、と頭のどこかで考えてました。でもまあ、洞窟の音響なんて素人には分からないし、と思い直して、また歩き出して。音も、ついてくる。

気になったのは、音の質の方。

自分はスニーカー。靴底が鳴るならゴムの音のはずです。後ろの音は、もっと柔らかい。濡れた通路をぺた、ぺた、と踏むような音でした。素足というか、肉の音というか。

振り返りました。

通路の照明で、来た道はずっと先まで見えます。誰もいません。

出口まで

そこからは、正直、早歩き。

走らなかったのは、走ったら音も走る気がしたから。理屈じゃなくて、そういう確信みたいなものがあって。

ぺた、ぺた、という音は、自分の歩調に合わせて、ずっと二歩ぶん後ろ。

出口の明かりが見えて、係の方の姿が見えたあたりで、音は聞こえなくなりました。どこで消えたのかは分からない。気づいたら、しなくなってた。

係の人の反応

出口で、係の年配の方に声をかけられました。お疲れさまでした、最後のお客さんですよ、と。

それで自分、聞いてみたんです。洞内って、音が後ろからついてくるみたいに響くことありますか、と。

その方は自分の顔をちょっと見て、それから言いました。

水の音はいろいろに聞こえますからね。

それだけでした。否定でも肯定でもない。ただ、聞き慣れた質問に答える時の言い方だな、というのは感じました。

駐車場に戻ったら、自分の車だけがぽつんと残ってました。帰りの車で、ラジオをずっと点けてたのを覚えてます。

あとから調べたら、秋芳洞の音の話は、観光客のブログでもちらほら見つかって。水の音が話し声に聞こえた、という類が多くて、足音の話は見つからない。

同じだ、という話が見つからなかったことに、安心したのか、よけい嫌だったのか。自分でもよく分かりません。

こっちにも、もうひとつ

弥彦神社の参道、行きには無かった供え物が帰りには増えている話

次の話を読む →