弥彦神社の参道、行きには無かった供え物が帰りには増えている話

約4分
弥彦神社の参道、行きには無かった供え物が帰りには増えている話
目次
  1. 参道の脇の、小さな祠
  2. 三十分で、増えている
  3. 数えるようになってから
  4. 聞いてみたこと
  5. いまも
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Sさん(仮名・54歳女性・新潟市のパート勤め)から届いた話。

派手な出来事は何も起きない。それでも、八年続けている習慣の中の「数が合わない」という話は、聞いていて妙に残った。

私は月に一度、弥彦神社にお参りに行ってます。新潟市内から車で一時間かからないくらい。かれこれ八年になります。

最初は厄年のお祓いで行って、それからなんとなく、月初めのお参りが習慣になりました。決まって平日の午前中です。スーパーのシフトが入る前に行って、お昼までに帰ってくる。

表参道を歩いて、本殿でお参りして、おみくじは引いたり引かなかったり。それだけの、本当に普通の習慣です。

参道の脇の、小さな祠

参道の途中に、脇へ少し入ったところに小さな祠があるんです。

石でできた、膝くらいの高さのもの。正式な名前は知りません。大きな杉の根元にあって、観光の人はまず足を止めない場所です。

私は八年前の最初のお参りのとき、たまたま目に入って手を合わせました。それからずっと、本殿に行く前に、そこにも寄る習慣で。

祠の前には、いつも何かしらの供え物。ワンカップのお酒、みかん、小銭、飴。誰かが置いていくんだろうな、くらいに思ってました。

三十分で、増えている

三年くらい前の冬に、初めて気づきました。

行きに祠へ寄ったとき、供え物はみかんが一つだけ。よく覚えてます。寒い日で、みかんに霜がついてたから。

本殿でお参りして、社務所でお守りを買って、同じ道を戻ってきました。三十分か、長くても四十分。

祠の前に、ワンカップが二本、増えてました。

誰かが置いていったんだな、と。そのときは、それだけでした。

ただ、変だなと思ったのは、参道で誰ともすれ違ってないことなんです。平日の午前中の、観光シーズンでもない時期。行きも帰りも、参道には私一人でした。

数えるようになってから

それから、行きと帰りで供え物を数えるのが癖になりました。

増えてないことのほうが多いです。月に一度しか行かないので、確かめられるのも月に一度。それでも八年のうちに、はっきり増えてたのが六回あります。

みかんが一つ、飴が三つ。五円玉が一枚。一番多かった日は、お酒が二本と、布で作った小さなお手玉みたいなものが一つ。

六回とも、参道で人を見てません。

境内の方から戻ってくる人がいれば分かります。参道は一本道で、見通しがいいので。横の林から出入りするのも、落ち葉や雪で音がするはずなんです。

一番忘れられないのは、お手玉みたいなものが置いてあった日です。

布の柄が、ずいぶん古いものでした。色の抜けた赤に、小さな花の模様。新しく買って供えるような品には見えなくて、家の箪笥の奥から出してきたような、そういう布でした。

次の月に行ったら、もうありませんでした。下げられたのか、どうなのか。それも分かりません。

聞いてみたこと

一度だけ、社務所の方に聞いたことがあります。あの祠のお供えって、神社の方で管理されてるんですか、と。

巫女さんは少し考えて、奥の方に確認に行ってくれました。戻ってきて言われたのは、古いものは下げてますが、お供えの記録までは取ってません、というお答えでした。

そうですよね、と笑って終わり。変なことを聞く人だと思われたくなくて、三十分で増えるんです、までは言えませんでした。

地元の知り合いには、あの祠は地の人のものだから、と言う方もいて。集落の誰かが代々お世話をしてる、という意味だと思います。それなら平日の午前に誰かが来ても、おかしくはない。

ただ、八年通って、お供えしてる人と一度も会ってない。それだけが、ずっと引っかかってます。

いまも

今月も行きました。行きは飴が二つ。帰りも飴が二つ。増えてない月の方が、少しほっとするようになってます。

やめようと思ったことはありません。なんとなく、数を確かめるところまでが、私のお参りになってしまったので。

こっちにも、もうひとつ

通学路の自販機の前、毎朝7時48分に同じ缶コーヒーを買って帰る作業着の男性の話

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