図書館の返却ポスト、3年で31冊、どこの蔵書でもない本が入っていた話
Nさん(仮名・34歳女性・北陸の市立図書館で会計年度任用職員)からサイトの問い合わせフォームで届いた話。メールで4往復ほど追加取材させてもらった。仮名と館名を伏せる条件で承諾をいただいている。
怖い話ではないと思います。3年ぶん記録が残っているので、送ってみました。
私は市立図書館の分館で働いてます。司書の資格は持ってますけど、身分は会計年度任用職員。1年ごとの契約で、更新されて4年目になります。
分館は小さい建物です。蔵書は3万冊いかないくらいで、常駐は3人。
朝の仕事のひとつに、返却ポストの回収があります。
閉館後に返された本が、外壁の投入口から中のカゴに落ちる仕組みなんです。8時半に出勤して、カゴを台車に載せて、開館までにカウンターで返却処理をする。
バーコードを読んで、傷みがないか見て、書架に戻す。単純な流れです。
3年前の6月に、読めない本が1冊ありました。
読めないというのは、バーコードのラベルが貼っていない、という意味です。裏表紙にも見返しにも、どこにもない。背中の分類ラベルもありませんでした。
うちの本じゃない、とすぐ分かりました。
近隣の市とは相互利用をやってて、他館の本が紛れることは年に何度かあります。その場合は向こうのラベルが貼ってあるので、まとめて返せば済む話。
その本には、どこの館の印もなかったんです。
ただ、見返しに四角い糊の跡がありました。
昔の図書館が使っていた、貸出カードを入れるポケットを剥がした跡です。うちの分館でも、私が来る前の年まで、古い本の何冊かには残ってたと聞きました。
主任に見せたら、寄贈のつもりで入れた人がいるんじゃないか、と言われました。ありえない話ではありません。窓口に持ってくるのが面倒で、ポストに落としていく人はたまにいます。
その日は「持ち主不明」と書いた箱に入れて、事務室の棚に置きました。
翌月も1冊ありました。
次は8月に2冊。
そこからは、月に1冊か2冊です。ゼロの月もあります。多いときで3冊。
3年たって、箱の中は31冊になりました。
中身はばらばらです。園芸の本、和裁の本、法律の解説書、児童向けの伝記、あとは小説が何冊か。
刊行年は昭和40年代から50年代あたりが多めですけど、平成に入ってからのものも3冊あります。傷み方も本によって違う。
共通してるのは、さっきの糊の跡だけです。31冊とも、見返しの同じ位置に四角い跡がついてます。
あと、これは気づくのに1年かかったんですけど。
31冊とも、ページのあいだに何も挟まっていません。
古い本を触る仕事をしてると分かります。長く人の手にあった本には、たいてい何か挟まってるんです。レシート、葉書、新聞の切り抜き、栞の代わりのチラシ。うちの蔵書でも、返ってきた本から出てくることは珍しくありません。
31冊は全部、空でした。開いて振っても、何も落ちてこない。
県内の図書館をまとめて検索できるシステムがあるので、タイトルと出版社で何冊か引いてみました。
同じ本を持っている館は出てきます。ただ、それがこの1冊かどうかまでは、当然たどれません。
糊の跡を定規で測ったこともあります。31冊のうち20冊ほどは同じ寸法で、残りはばらばら。
誰が入れてるのかは、いちおう調べました。
入口に防犯カメラが1台ありますけど、向いてるのは駐輪場で、返却ポストは画角の外です。台数を増やしてくださいとは、予算の話なので言いにくい。
日付を並べたこともあります。曜日も、雨かどうかも、月の前半か後半かも、それらしい偏りは出ませんでした。
雨の日が多い気がしてたんですけど、数えたら半々です。
一度だけ、朝の7時から車の中で待ってみました。
誰も来ません。8時半にカゴを見たら、その日の返却は4冊。全部うちの本でした。
館長には2年目に相談しました。
捨てるわけにもいかないから置いといて、というのが答えです。除籍でも寄贈でもないので、台帳に載せる欄がありません。
その相談のあと、事務室の棚の奥から、もうひとつ箱が出てきました。
私が使っているのと同じ、書類用の空き箱です。側面に「不明本」と手書きしてありました。
中には2冊。どちらもラベルがなくて、見返しに四角い糊の跡がついてました。
字が誰のものかは分かりません。館長も知らないと言ってました。
いまの3人より前の人が書いたんだとは思います。分館は10年前に一度、職員がまるごと入れ替わってるらしいんです。
その2冊にも、何も挟まっていませんでした。
箱が重くなって、棚に戻せなくなりました。いまは事務室の机の下に置いてあります。
ときどき出して、カウンターの端に並べてみます。並べたところで、分かることは増えないんですけど。
返却期限も、借りた人の記録も、持ち主の名前も、この本たちにはひとつも付いていません。
今朝も1冊、入っていました。