学生時代に4人で行った河原の話
Tさん(仮名・39歳男性・関東圏在住・IT会社勤務)から
これは10年以上前の話で、書いていいものかかなり迷ったんですけど、去年の暮れにサークル時代の同期から続けて連絡が来て、書き残しておこうと決めました。読んで嫌な感じがしたら途中でやめてもらってかまいません。
私は地方の国立大学を出てる。アウトドア系のサークルに入ってて、学部の3年から4年にかけて、そこそこ熱心に活動してました。
当時のサークルは20人くらい。年に3回キャンプをやってて、春・夏・冬で、夏は川辺に泊まるのが恒例だった。
これから書くのは、学部4年の夏のキャンプの話。行先は中部地方のとある県の、山間部の河原。県名と川の名前は伏せる。
幹事になった夏
その年、私は夏キャンプの幹事だった。
幹事といっても大したことはしなくて、参加者の取りまとめとテントの数の調整くらいなんですけど、行先だけは自分が決めることになってた。
例年通りならサークルの先輩が代々使ってきた近場の河原で済む。でもその年は私の同期のひとりが、地元の山間部にもっと良い河原があると言い出して、私もそれに乗った。
同期はその県の山間部の出身で、子どものころに何度か行ったことがある、と言ってた。
地元の人が普段は近寄らない上流の方で、下流側に古いお地蔵さんが並んでる地区がある。そう聞いて、その時点で何となく気にはなったんですけど、深くは考えなかった。
参加者は当初7人。でも当日、3人が体調不良で来なくなって、結局4人で行くことになった。
私と、地元の同期と、もう2人。男女の内訳は男3人と女1人。
河原に着いた日の昼
その河原に着いたのは、お盆の少し前の土曜日の昼前。
車を山道の途中の駐車スペースに停めて、そこから30分くらい歩いて河原に降りるルート。地元の同期から事前にそう聞いてた。
歩いてる途中、確かに、下流側の道沿いに、お地蔵さんが何体か並んでた。10体以上あったと思います。新しいのと古いのが混ざってて、新しい方には花が供えてあった。
誰が供えたんだろうね、と女の子が言った。同期は、たぶん地元の人、と答えた。
河原に降りて、4人でテントを張った。河原は思ったより広くて、川幅もそこそこ。水もきれいだった。お盆前なのに、他に人はいない。
夕方の川遊び
夕方、4人で川に入った。
水は冷たかったけど、深いところで腰くらいまで。流れもそこまで速くない。
20分くらい遊んで、テントに戻ろうとした時、女の子が『あれ何』と上流を指さした。
上流の岸辺に、白い布のようなものが、引っかかってる。
距離は50メートルくらい先で、はっきりとは見えない。岸の岩に何かの布がからまってるように見えて、それが川の流れに揺れてた。
地元の同期が『たぶんゴミだろ』と言って、それで終わり。
その夜は、テントで4人で食事して、特に何ごともなく、寝た。
翌朝のこと
翌朝、5時頃に目が覚めた。テントから出たら、川が白くなってて、すごい霧。
こんな霧、と思いながら、河原を少し歩いた。霧で視界が10メートルもなくて、テントの方も見えない。
歩いてるうちに、上流の方に、人が立ってるのが見えたんです。
距離は20メートルくらい先。霧で輪郭しかわからない。男か女かもわからない。背の高さは、私と同じくらいだったと思います。
こんな朝早くに、と思って、声をかけようとした。
ところが、人の方が、先に動いた。
こちらに向かって、ゆっくり歩いてくる。
距離が10メートルくらいになっても、霧が濃くて、顔がはっきり見えない。
5メートルくらいまで近づいて、ようやく顔が見える距離になった。
顔は、見えなかった。
正確に書くと、頭はあったんです。輪郭はある。でも目鼻口の部分が、霧と同じ色をしていて、何もないように見えた。
その人は、私の横を、無言で通り過ぎていった。
下流の方に向かって、ゆっくり歩いていく。
振り返って後ろを見たけど、霧で、もう姿は見えない。
テントに戻った後
テントに戻って、3人を起こした。
朝の出来事は話さなかった。話す気にならなかったんです。
朝食を済ませて、9時頃には霧が晴れて、10時には撤収を始めた。
帰り道、お地蔵さんの前を通ったとき、女の子が『行きには無かった花が、もう1束増えてる』と言った。
確かに、新しい花束が1束、お地蔵さんの前に置かれてた。誰が置いたか、わからない。
その日は、車で4人で帰って、解散した。
10年以上経って、連絡が来始めた
その夏のことは、サークルの誰にも、家族にも、話さなかった。話すような話だとも思わなかったんです。
10年以上経って、3年前の冬に、当時のメンバーのひとり(女の子)から久しぶりにLINEが来た。
『あの夏のキャンプの話、Tくん覚えてる?』
覚えてる、と返したら、彼女は最近体調を崩してて、その時に何度かあの河原の夢を見る、と言った。
私は、霧の朝のことは話さなかった。聞き返すこともしない。
2年前の春に、もうひとりの同期から、ほぼ同じ内容の連絡が来た。
1年前の夏に、地元の同期からも来た。地元の同期は、あの河原のことを、最近になって地元の親戚から『あそこは普通は子どもを連れて行く場所じゃない』と言われた、と話してました。
3人とも、それぞれ別々の時期に、別々の理由で体調を崩してた。共通点は、あの河原の夢を繰り返し見ていたこと。
私だけ、3年経った今も、夢は見てません。体調も悪くない。
4人で集まらないようにしている
3人から連絡が来てから、私たちは4人で会うのを、今は避けてます。
2人でなら会う。3人なら、たぶん大丈夫だと思います。けれど4人で同じ場所に集まると、何かあるんじゃないか、という気が、お互いにしてる。
地元の同期が、あの後、地元の親戚に確認してくれたところ、お地蔵さんの並んでる地区では、河原に何かを供える風習が今も残ってるらしい。
何を供えるか、誰のために供えるかは、その親戚も詳しくは話してくれなかったみたいです。
私が見たのは、その風習に関係するものなのか、それとも別のものなのか、わからない。
いまも、お地蔵さんの並んでた道沿いの風景は、はっきり覚えてます。