学生時代に4人で行った河原の話

約6分
学生時代に4人で行った河原の話
目次
  1. 幹事になった夏
  2. 河原に着いた日の昼
  3. 夕方の川遊び
  4. 翌朝のこと
  5. テントに戻った後
  6. 10年以上経って、連絡が来始めた
  7. 4人で集まらないようにしている
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Tさん(仮名・39歳男性・関東圏在住・IT会社勤務)から

これは10年以上前の話で、書いていいものかかなり迷ったんですけど、去年の暮れにサークル時代の同期から続けて連絡が来て、書き残しておこうと決めました。読んで嫌な感じがしたら途中でやめてもらってかまいません。

私は地方の国立大学を出てる。アウトドア系のサークルに入ってて、学部の3年から4年にかけて、そこそこ熱心に活動してました。

当時のサークルは20人くらい。年に3回キャンプをやってて、春・夏・冬で、夏は川辺に泊まるのが恒例だった。

これから書くのは、学部4年の夏のキャンプの話。行先は中部地方のとある県の、山間部の河原。県名と川の名前は伏せる。

幹事になった夏

その年、私は夏キャンプの幹事だった。

幹事といっても大したことはしなくて、参加者の取りまとめとテントの数の調整くらいなんですけど、行先だけは自分が決めることになってた。

例年通りならサークルの先輩が代々使ってきた近場の河原で済む。でもその年は私の同期のひとりが、地元の山間部にもっと良い河原があると言い出して、私もそれに乗った。

同期はその県の山間部の出身で、子どものころに何度か行ったことがある、と言ってた。

地元の人が普段は近寄らない上流の方で、下流側に古いお地蔵さんが並んでる地区がある。そう聞いて、その時点で何となく気にはなったんですけど、深くは考えなかった。

参加者は当初7人。でも当日、3人が体調不良で来なくなって、結局4人で行くことになった。

私と、地元の同期と、もう2人。男女の内訳は男3人と女1人。

河原に着いた日の昼

その河原に着いたのは、お盆の少し前の土曜日の昼前。

車を山道の途中の駐車スペースに停めて、そこから30分くらい歩いて河原に降りるルート。地元の同期から事前にそう聞いてた。

歩いてる途中、確かに、下流側の道沿いに、お地蔵さんが何体か並んでた。10体以上あったと思います。新しいのと古いのが混ざってて、新しい方には花が供えてあった。

誰が供えたんだろうね、と女の子が言った。同期は、たぶん地元の人、と答えた。

河原に降りて、4人でテントを張った。河原は思ったより広くて、川幅もそこそこ。水もきれいだった。お盆前なのに、他に人はいない。

夕方の川遊び

夕方、4人で川に入った。

水は冷たかったけど、深いところで腰くらいまで。流れもそこまで速くない。

20分くらい遊んで、テントに戻ろうとした時、女の子が『あれ何』と上流を指さした。

上流の岸辺に、白い布のようなものが、引っかかってる。

距離は50メートルくらい先で、はっきりとは見えない。岸の岩に何かの布がからまってるように見えて、それが川の流れに揺れてた。

地元の同期が『たぶんゴミだろ』と言って、それで終わり。

その夜は、テントで4人で食事して、特に何ごともなく、寝た。

翌朝のこと

翌朝、5時頃に目が覚めた。テントから出たら、川が白くなってて、すごい霧。

こんな霧、と思いながら、河原を少し歩いた。霧で視界が10メートルもなくて、テントの方も見えない。

歩いてるうちに、上流の方に、人が立ってるのが見えたんです。

距離は20メートルくらい先。霧で輪郭しかわからない。男か女かもわからない。背の高さは、私と同じくらいだったと思います。

こんな朝早くに、と思って、声をかけようとした。

ところが、人の方が、先に動いた。

こちらに向かって、ゆっくり歩いてくる。

距離が10メートルくらいになっても、霧が濃くて、顔がはっきり見えない。

5メートルくらいまで近づいて、ようやく顔が見える距離になった。

顔は、見えなかった。

正確に書くと、頭はあったんです。輪郭はある。でも目鼻口の部分が、霧と同じ色をしていて、何もないように見えた。

その人は、私の横を、無言で通り過ぎていった。

下流の方に向かって、ゆっくり歩いていく。

振り返って後ろを見たけど、霧で、もう姿は見えない。

テントに戻った後

テントに戻って、3人を起こした。

朝の出来事は話さなかった。話す気にならなかったんです。

朝食を済ませて、9時頃には霧が晴れて、10時には撤収を始めた。

帰り道、お地蔵さんの前を通ったとき、女の子が『行きには無かった花が、もう1束増えてる』と言った。

確かに、新しい花束が1束、お地蔵さんの前に置かれてた。誰が置いたか、わからない。

その日は、車で4人で帰って、解散した。

10年以上経って、連絡が来始めた

その夏のことは、サークルの誰にも、家族にも、話さなかった。話すような話だとも思わなかったんです。

10年以上経って、3年前の冬に、当時のメンバーのひとり(女の子)から久しぶりにLINEが来た。

『あの夏のキャンプの話、Tくん覚えてる?』

覚えてる、と返したら、彼女は最近体調を崩してて、その時に何度かあの河原の夢を見る、と言った。

私は、霧の朝のことは話さなかった。聞き返すこともしない。

2年前の春に、もうひとりの同期から、ほぼ同じ内容の連絡が来た。

1年前の夏に、地元の同期からも来た。地元の同期は、あの河原のことを、最近になって地元の親戚から『あそこは普通は子どもを連れて行く場所じゃない』と言われた、と話してました。

3人とも、それぞれ別々の時期に、別々の理由で体調を崩してた。共通点は、あの河原の夢を繰り返し見ていたこと。

私だけ、3年経った今も、夢は見てません。体調も悪くない。

4人で集まらないようにしている

3人から連絡が来てから、私たちは4人で会うのを、今は避けてます。

2人でなら会う。3人なら、たぶん大丈夫だと思います。けれど4人で同じ場所に集まると、何かあるんじゃないか、という気が、お互いにしてる。

地元の同期が、あの後、地元の親戚に確認してくれたところ、お地蔵さんの並んでる地区では、河原に何かを供える風習が今も残ってるらしい。

何を供えるか、誰のために供えるかは、その親戚も詳しくは話してくれなかったみたいです。

私が見たのは、その風習に関係するものなのか、それとも別のものなのか、わからない。

いまも、お地蔵さんの並んでた道沿いの風景は、はっきり覚えてます。

こっちにも、もうひとつ

夜勤者の話・第2話:奥に入った日の、明け方の血圧

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