祖父から開けるなと言われていた蔵の話

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祖父から開けるなと言われていた蔵の話
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Hさん(仮名・54歳男性・北陸地方で農業と家業を継ぐ)から

これは本来、他所に話してはいけないと言われていた話なんですけど。もし読んで気分が悪くなったら、途中でやめてもらってかまいません。

私は北陸の山あいの集落で、祖父の代から続く農家の家督を継いでます。

集落そのものは合掌造りの家屋がいくつか残った土地。観光客もたまに来る。

うちはその中でもいちばん古い家筋のひとつだ。昔は本家として、いくつかの分家を抱えてたらしい。

父が早くに亡くなり、私が三十のときに家督を継いだ。だから親戚の集まりでは上座に通されることが多い。普段は地元の農協に勤めながら、米と蕎麦を作ってます。

うちの裏に、古い土蔵がある。

母屋とは別に、池をはさんだ奥まったところ。鍵は南京錠と心張り棒の二重で、鍵そのものは仏間の神棚の裏に、紙に包んでしまってある。

子どもの頃から、その蔵には近づくなと祖父に言われてた。家督を継いだ者しか中に入ってはいけない、と。

理由は教えてもらえなかった。

祖父は普段は穏やかな人だ。それが蔵の話になると顔つきが少し変わる。いいから聞いておけ、とだけ言って、それ以上は口にしない。

私が三十で家督を継いだ年の秋、初めて中に入った。

本家の家督相続のときは、宮司に来てもらって蔵を開ける。それが集落の慣習らしい。祖父が生きてるあいだは私も知らなかった。母から聞いた話なんです。

その日は朝から雨だった。

宮司が来て、蔵の前で短いお祓いをする。それから私一人で中に入ることになった。

心張り棒を外し、南京錠を開け、扉を引く。中は土の匂いと、古い紙の匂い。それから少し甘いような、線香に似た匂いがしてました。

手前は普通の蔵だった。古い農具と、桐の箱に入った巻物のようなもの。漆塗りの膳がいくつか積んである。

問題は奥なんです。

奥に小さな板戸があって、そこから先は一段下がってた。半地下のような造りで、土間になってる。

その土間の真ん中に、木の箱がひとつ置いてある。

漆を何度も塗り重ねたような黒い箱。人が膝を抱えて入るくらいの大きさだ。

蓋には太い縄が十文字に巻いてある。結び目には紙の札が四枚。札は古くて、字はほとんど読めない。

私はそこで足を止めた。

それ以上近づくな。祖父の言葉ではなくて、自分の中から出てきた感覚なんです。怖いというより、入ってはいけない場所に来てしまった、という感じ。

箱には触れず、土間を出て、板戸を閉めた。

蔵から出て、宮司にそのまま報告した。宮司は、それでよろしいです、と言ってくれました。

家督を継いだ者は中を一度見ることになっている。ただし、奥の箱には決して触れてはいけない。それが集落のいちばん古い決まりらしいです。

誰が決めたのか、何が入っているのか、宮司も知らないと言う。本家の口伝では、お頭の代から続く約束、ということになってるらしい。

お頭、というのは集落で本家筋を呼ぶ古い言い方だ。私もその時に初めて聞きました。

その三年後の冬、いとこの一人が亡くなった。

父の弟の長男で、私と同い年。県外の会社を辞めて集落に戻ってきていて、本家のことに何かと首を突っ込みたがる人だった。

家督相続の話を聞いたとき、自分も中を見てみたいと何度か言ってきた。私は、決まりだから、と断り続けてたんです。

それが亡くなる半年ほど前から、いとこは私に何も言わずに蔵の周りへ来るようになっていたらしい。

雨の日に裏の池のあたりに立ってるのを、母が何度か見かけた。それを後で聞いた。母はそのことを、いとこが亡くなるまで私に言わなかったそうです。

いとこの死因は、表向きは事故ということだった。冬の山道で、軽トラごと谷に落ちた。

ただ、現場の状況からハンドルを切った形跡がない。その話を、葬式のあとに親戚から聞きました。

集落の年寄りの何人かが、葬式の帰りに私のところへ寄った。あれは蔵の話を知ってたのか、と聞いてくる。

私は、聞いてないと思います、と答えるしかなかった。本当のところは、分からないんです。

その後、もう一人、似たような亡くなり方をした遠い親戚がいる。そういう話も聞きました。

三十年ほど前のことだ。蔵の中身に強く興味を持っていて、何度もうちに通ってきていた人らしい。私は会ったことがない。祖父の代の話なんです。

集落では、その人のことを名前では呼ばない。池の方に立ってた人、という言い方をしてます。

私はいま五十二で、子どもがいない。家督をどう次に渡すかは、まだ決めてないんです。

蔵は私が継いでから一度も開けてない。仏間の神棚の裏の鍵も、そのままにしてある。

集落の決まりでは、家督を継いだ者は一度入って奥を見るところまで。その後は触れない、とされてる。私はその通りにしてます。

最近、池の方に立ってる人を見たという話を、近所の子どもが学校でしているらしい。妻がそう言ってきました。

私はそれを聞いて、何も言わなかった。妻にも、それ以上は話していません。

本来、他所に話してはいけない話だからです。

ここまで書いて、自分でも書いてよかったのか、まだ分かりません。もし関わった人があれば、深入りしないでください。それだけです。

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