高子沼グリーンランド、観覧車の話

約5分
高子沼グリーンランド、観覧車の話
共有: X LINE

Kさん(仮名・46歳男性・福島県在住・廃墟取材を続けるフリーライター)から、以前別件の取材でお世話になった方からあらためて伺った話。メールで6往復、その後通話で1回約1時間。場所は福島県伊達市の「高子沼グリーンランド」。1982年に開園、わずか17年で1999年に閉園した遊園地で、廃墟として広く知られている。Kさんは「廃墟マニアの間では『観覧車の話』として伝わっている話があるが、ネットには出ていない」とのこと。場所と歴史はそのまま掲載することになった。同行した廃墟仲間の名前は本人の希望で伏せ字。本筋はそのまま。

これは8年くらい前、私が廃墟取材を始めて2、3年目の頃の話です。

私は福島県内に住んでいて、東北を中心に廃墟を回って記事を書いている。

高子沼グリーンランドは、福島県伊達市にあった遊園地で、1982年に開園、1999年に閉園した。

わずか17年で閉園した、東北では最大規模の遊園地廃墟、ということで、廃墟マニアの間では古くから有名な場所だ。

敷地内には、観覧車、メリーゴーランド、ジェットコースターの一部、レストラン棟などが、長らく残されていました(後に一部解体された)。

私が初めて訪れたのは、廃墟取材を始めて2、3年目の春。

同じ廃墟仲間の男性と、二人で、平日の昼間に車で行った。

敷地内は、もう何度も心霊スポットとして紹介されてきた場所だから、私たちもそれなりに気構えて入りました。

観覧車は、敷地の中央にぽつんと残っていた。

ゴンドラがいくつか取り外されて、残ったゴンドラも錆びきっていました。

観覧車の周辺で、私たちは写真を撮っていた。

昼間で、晴れていて、特に何もなかった。

観覧車の真下に立って、見上げる写真を撮ろうとした時、同行した男性が「Kさん、これ見て」と言いました。

観覧車のゴンドラのうち、地面に近い位置にあるゴンドラのひとつ、その椅子に、誰かが座っていた。

正確には、誰かが座っていた跡が、椅子の埃に残っていました。

観覧車のゴンドラは、長年放置されて、椅子の上には埃と落ち葉が厚く積もっていた。

そのうちのひとつ、地面から3メートルくらいの高さのゴンドラの椅子に、お尻と背中の形で、埃が押し潰された跡があった。

つい最近、誰かが座っていた、という痕跡でした。

敷地は閉鎖されていて、本来なら立入禁止だ。

ただ、肝試しや廃墟マニアが入ることは、よくある。

私たちと同じように、誰かが座って写真を撮ったのかもしれない、と最初は思いました。

ただ、そのゴンドラに登る方法がなかった。

観覧車のゴンドラは、地上から3メートル。乗り場のホームは、長年の風化で崩れていて、登れる状態ではなかった。

ゴンドラの椅子に座るためには、ゴンドラの扉を外側から開けて、よじ登るか、もしくはゴンドラ自体を回転させて、地面の高さまで降ろす必要がある。

観覧車は閉園以降、回転していません。

私と同行者は、ゴンドラの周りを観察した。

梯子を持ち込んで登った形跡もない。

地面の埃にも、足跡や工具の跡が残っていない。

ゴンドラの中だけ、新しく座った跡だけが、ぽつんと残っていた。

私はその時、ゾッとしたわけではなくて、首をかしげる感覚でした。

「肝試しの観光客がやったのか」と仲間に言いました。

「いや、それなら、もっと派手に荒らしていく」と仲間は答えました。

「ゴンドラの椅子だけ、座った跡を残して、そっと帰る、というのは、観光客の動きじゃない」と。

私たちは、写真を撮って、敷地を出ました。

それから半年後、私はもう一度、高子沼グリーンランドを訪れた。

今度は一人で、別の取材のためでした。

観覧車の同じゴンドラを、見にいった。

椅子の埃の上には、半年前と同じように、座った跡が残っていました。

ただし、その跡は、半年前のものではなく、新しいものだった。

椅子の上の埃の溜まり方が、半年前とは違っていた。

前回の跡は新しい埃で覆われていて、その上に、新しい座った跡が、残っていた。

誰かが、半年の間に、もう一度座っていた、ということになる。

ゴンドラに登る方法は、半年前と同じく、見当たらなかった。

私はその場で、写真だけ撮って、すぐに敷地を出ました。

その後、私はもう、高子沼グリーンランドの観覧車には近づいていません。

(注:高子沼グリーンランドは2010年代後半に一部撤去・敷地は再開発の対象となり、現在は当時とは状況が大きく異なります)

ネットで「高子沼グリーンランド 心霊」と検索すると、有名な廃墟スポットとしての紹介や、内部の写真は多数出てくる。

ただ、観覧車のゴンドラに、誰も登れないはずなのに、座った跡が残っている、という話は、私が知る限り、ネット上には書かれていません。

廃墟マニアの間では、口頭で伝わっていた話だ。

高子沼グリーンランドが解体される直前、2010年代後半に、私はもう一度、最後の取材で訪れました。

観覧車のゴンドラは、解体予定で、すでに地上に降ろされていた。

降ろされたゴンドラの椅子の埃の上には、もう、誰かが座った跡はありませんでした。

代わりに、ゴンドラの脇に、小さな赤い布のリボンが、結ばれて置かれていた。

リボンは新しくて、最近誰かが結んだことがはっきり分かりました。

誰がいつ、何のために結んだのかは、いまも分かっていない。

解体後、ゴンドラは廃材として処分されたと聞いています。

リボンが、どこかに残っているかも、分からない。

こっちにも、もうひとつ

将軍塚、夜の参道の話

次の話を読む →