三井大橋、橋の上で会った女性の話
Hさん(仮名・38歳女性・神奈川県相模原市在住・児童書の編集者)からSNSのDMで届いた話。DMで6往復ほどやりとりさせてもらった。場所は神奈川県相模原市緑区の相模湖、湖を渡る赤い橋「三井大橋」。湖面から手が伸びる、女性の霊が立っている、戦後すぐの船舶事故(内郷丸事件)の犠牲者の話、そういう噂は地元では昔から流れている。Hさんが体験したのは、湖そのものではなく、橋の上の話だった。
これは去年の秋、私が車で相模湖の方を通った時の話で、いまも上手く整理できてないんですけど、書いておこうと思います。
私は神奈川の相模原市内に住んでいて、児童書の編集の仕事をしています。
仕事柄、都内まで車で出ることもあれば、山梨方面の取材で中央道を使うこともある。
相模湖の方を通る道は、何通りかあって、私が好きなのは三井大橋を渡るルートです。
湖の上を渡る赤い橋。晴れた日は景色がきれいで、子どもの頃から好きな道でした。
三井大橋の心霊の噂は、地元の人間なら多くが知っている。
湖面から手が伸びる、橋の上に女性が立っている、戦後すぐに船が転覆した事故(内郷丸事件と呼ばれているもの)の犠牲者の話。
私の世代の地元の人間は、子どもの頃、夏に湖の方に泳ぎに行こうとすると、親から「あの辺は引き込まれる」と何度も言われて育ちました。
去年の秋、10月の終わり頃の話です。
山梨での取材から戻る途中で、私は三井大橋を渡るルートを選んだ。
夕方の5時くらいで、まだ少し明るかったんです。
湖の水面に夕陽が反射していて、きれいだな、と思ったのを覚えています。
橋の真ん中あたりまで来た時、運転席から、橋の上を歩いている女性が見えました。
正面、私の車線の歩道側。
30代くらいの女性で、グレーのコートを着て、湖の方を見て歩いてました。
観光客か、地元の人かは分からなかったんですけど、橋の上を歩く人は珍しくないので、特に気にしなかった。
車で女性の脇を通り過ぎる時、私は無意識に運転席側の窓越しに女性を見ました。
女性は、私の車のスピードに合わせて、頭をゆっくりこちら側に向けていました。
ぱっ、と振り向いたんじゃなくて、車が通り過ぎるのにぴったり合わせて、首をこちらに回した。
目が合ったのは一瞬です。
30代くらい、グレーのコート、髪は肩より少し上。
顔の作りは、いまでも思い出せます。
ただ、それより私が引っかかっているのは、女性の視線が、私の顔じゃなくて、車の助手席の方を見ていたことです。
助手席には誰も乗ってませんでした。
私が乗っている運転席より、その奥の助手席の窓ガラス、その辺りを、女性ははっきりと見ていた。
すれ違ってからしばらく、私はバックミラーを見ませんでした。
見たら、まだそこに立ってる気がしたからです。
橋を渡り終えて、相模湖駅の方の交差点で停まった時、信号待ちでようやくバックミラーを見た。
三井大橋の方は、もう日が落ちかけていて、橋の上に人影は見えませんでした。
観光客が日没前に橋を渡り終えただけかもしれない、と自分に言い聞かせました。
家に帰ってから、ネットで「三井大橋 心霊」と検索した。
出てくるのは、湖面から手が伸びる、湖に引き込まれる、橋の下に立っている、内郷丸事件の犠牲者、そういう話ばかりでした。
橋の上を歩いていて、車が通る瞬間に首を回す女性、という話は、いくつかページを見ても出てきませんでした。
湖の方じゃなくて、橋の上で、車の助手席を見ていた話です。
私の助手席には誰もいなかったはずなのに、女性は確かにそこを見ていた。
あれから半年以上経って、私はもう三井大橋を渡る道は使っていません。
山梨方面に行く時は、遠回りでも別のルートを通っている。
助手席に何が見えていたのかは、考えないようにしています。
考えても分からないし、たぶん考えてはいけないことだと思うからです。