田舎の祖母の家、開けてはいけない地下倉庫の話
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Hさん(仮名・38歳男性・神奈川県在住・IT会社員)から届いた話。福井県内、亡くなった祖母の築90年の家を相続。子どもの頃から立入禁止だった地下倉庫を、相続を機に開けた経緯。
子どもの頃から、地下倉庫は開けるなと言われていた
Hさんが小学生の頃、夏休みに祖母の家に泊まりに行くと、必ず言われたことがあった。
「母屋の床下、東側の角にある木戸。あれは絶対に開けてはいけないよ」
祖母は、その理由を一度も詳しく説明しなかった。「お父さんやお母さんも、開けたことはないからね」とだけ。
2024年、祖母の他界、家の相続
2024年の冬、祖母が90歳で他界。父も既に他界していたため、Hさんが家を相続することになった。
福井から神奈川は遠く、Hさんは年に2、3回しか行けない。空き家管理の関係で、相続後すぐに荷物の整理を始めた。
床下木戸、20年以上の埃
母屋の床下に、確かに東側の角に木戸があった。Hさんが子どもの頃に見たままの、古い木戸。取っ手の周りに、20年以上分の埃が積もっていた。
「祖母が亡くなった後だし、家を売却するための整理として、開ける必要がある。そう判断しました」
地元の解体業者に同行を頼み、二人で木戸を開けた。
半地下の倉庫、奥行き約3メートル
木戸の中は、半地下の倉庫だった。土間の床、奥行きおよそ3メートル、天井までは大人がかがめば入れる高さ。
奥の壁際に、古い木箱が3つ。横に、藁を編んだ円形の敷物。
「想像していた『何か』は、何もなかった。ただの古い倉庫。木箱の中は、祖父の若い頃の写真と、戦時中の召集令状のコピーでした」
敷物の下に、もう一つの木箱
解体業者が、奥の藁の敷物を持ち上げた時。敷物の下に、平らな木箱がもう一つ、埋め込みのように設置されていた。
箱の中身は、紙束。古い、和紙風の紙が30枚ほど。それぞれに、人の名前と、生年月日と、亡くなった日付が書かれていた。
「読める範囲で確認したら、明治・大正・昭和の頃の名前ばかりでした。祖母の名前も、父の名前もありませんでした」
地元の住職に相談、過去帳の控え
Hさんは、地元の寺の住職に相談した。住職は紙束を見て、こう言った。
「これは、過去帳の控えに近いものですね。集落で、家ごとに、亡くなった方の記録を地下に置く習慣があった、と聞いたことがあります。理由はわかりません。供養の方法の一種だったかもしれません」
住職の話では、その習慣は昭和の中頃には既に途絶えていた、ということだった。
祖母が『開けるな』と言った理由
Hさんは、祖母が『開けるな』と言い続けた理由について、想像してみたという。
「祖母自身、開けたことがなかったんだと思います。両親から『開けるな』と言われて、その通り守ってきた。私にも、同じように伝えた」
「中身を知らないまま、ただ『開けるな』というルールだけが世代を超えて受け継がれていた。それが、この家のいちばん不思議な部分だった気がします」
家の売却、紙束の保管
Hさんは、家の売却前に、紙束を寺に預けた。住職が供養の対象として受け入れてくれた。
「自分が祖母から受け継いだ、最後の一仕事だった気がします。中身を知ったうえで、然るべき場所に納める。それで終わりにしました」
家は2026年4月に売却済み。買い手は、別の集落から移住してきた若い夫婦だった。地下倉庫の木戸は、Hさんが解体業者に頼んで、相続前の元の状態に閉じ直した。