山菜採りで毎年同じ場所に置かれている、古い湯のみの話
Aさん(仮名・52歳男性・長野県の市役所職員)から届いた話。毎年5月に山菜採りで通う山道の、同じ岩の上に、毎年、同じ古い湯のみが置かれている。
毎年5月、決まった山道
Aさんは、生まれてからずっと長野県内に住んでいる。市役所勤め、独身、母親と二人暮らし。山菜採りは、亡くなった父親に小学生の頃から連れられて行っていた、年に一度の習慣だった。
場所は、自宅から車で40分ほどの北信地域の山道。市道を抜けて林道に入り、沢沿いを30分ほど歩いた先の岩場。「父が見つけて、ずっと通っていた場所。地元の人もあまり知らない、ワラビとコシアブラの群生地です」
最初に湯のみを見た年
Aさんが20代の頃、初めてその湯のみを見た。沢沿いの大きな岩、その平らな面の上に、土を被った古い湯のみが、上向きに置かれていた。
「最初は、誰かの忘れ物だと思ったんです。山菜採りの人が、休憩で置いて、忘れて帰ったんだろう、と」
Aさんは、その湯のみには触らずに、いつも通り山菜を採って帰った。
翌年も、同じ場所に、同じ湯のみ
翌年の5月。Aさんが同じ場所に行くと、岩の上の、同じ位置に、同じ湯のみが置かれていた。前年の土の被り方が、雨と季節を1年分挟んだ分、少し違うだけ。
「誰かが、わざと毎年置きに来ているのか。それとも、誰も触らないから、ずっとそこにあるだけなのか。最初の数年は、判断が付きませんでした」
10年以上、変わらず同じ湯のみ
それから20年以上、Aさんは毎年5月にその場所に行っている。湯のみは、ずっと、同じ位置にある。
「色は少しずつ薄くなりましたが、欠けた跡や、ヒビは増えていません。誰かが定期的に置き直している、と考えるのが自然です」
ただ、Aさん自身は、その『誰か』に会ったことはない。山菜採りで岩場を通る他の人にも、湯のみを置く人の話は聞いたことがない。
近所のお年寄りに聞いた話
数年前、近所に住む80代の女性に、その岩場の話を聞いた。
「あの岩はね、昔、子どもがひとり亡くなった場所だよ。集落の人が、年に一度、湯のみを置きに行っているの。私の祖母も、生きていた頃に行っていたよ」
Aさんは、その話を聞いて、湯のみを置いている『誰か』が、長年の集落の習慣で続いている可能性に、初めて思い至った。
今年も、湯のみは置かれていた
今年の5月も、Aさんは同じ岩場に行った。湯のみは、いつも通り、同じ位置に置かれていた。
「触らない、移動させない、撮影もしない。私のルールは、それだけです。誰がいつ置いているのかは、わからないままでいいと、今は思っています」