亡き父の遺品の鍵束、1本だけ用途不明だった鍵が指していた銀行貸金庫の話
目次
Iさん(仮名・47歳女性・京都府在住の中学校教員)から届いた話。亡くなった父の遺品整理で見つけた鍵束のうち、1本だけが用途不明で、父の生前に一度も使われた形跡がなかった。2年かけて鍵の形式と刻印を調査した結果、すでに統合された地方銀行の貸金庫の鍵だと判明した。残された貸金庫の中身と、家族の歴史の記録。
管理人としては、遺品の鍵から家族の知らない歴史が出てくる話は、長編カテゴリで届く類型のなかでも繊細なほうで、Iさんからの取材は2年かけて複数回に分けて聞いた。地名・銀行名・人物名は完全伏字の条件で承諾いただいている。
父の他界
Iさんの父は2024年の冬、83歳で他界した。長く糖尿病を患っていたが、最後は穏やかに亡くなった。
父の他界後、Iさんと母(79歳・存命)、弟(44歳・東京在住)の3人で、実家の遺品整理を始めた。
「父は几帳面な人で、書類はすべてファイルで分類されていました。預金通帳、保険、不動産、年金、すべての書類が整っていて、整理は思ったよりスムーズでした」
書斎の机から出てきた鍵束
遺品整理から1か月後、Iさんは父の書斎の机の引き出しから、革紐に通された鍵束を見つけた。
鍵束には8本の鍵が通されていた。
「鍵の見た目は古いものから新しいものまで様々で、父が長年使い続けてきた鍵束のように見えました」
Iさんは8本の鍵を1本ずつ確認した。
- 鍵A:実家の玄関の鍵(現在も使用中)
- 鍵B:父の車のキー(廃車手続き済)
- 鍵C:祖父の家(既に売却・引き渡し済)の鍵
- 鍵D:父の書斎の机の鍵
- 鍵E:押し入れの中の金庫の鍵(中身は預金通帳と印鑑)
- 鍵F:母方の祖母の家の鍵(祖母が住んでいた頃の鍵)
- 鍵G:実家の物置の鍵
- 鍵H:用途不明
「鍵A〜Gは、父の生活の範囲で説明がつきました。でも鍵Hだけは、何の鍵か分かりませんでした」
鍵Hの形式
鍵Hは、他の鍵と比べて作りが頑丈だった。真鍮製で、鍵の頭部分に小さな刻印があった。
刻印は『○○○○』(4桁の数字)と『△△』(漢字2文字)の組み合わせ。
「数字は鍵の識別番号、漢字は何かの略称のように見えました。家庭用の鍵には見えませんでした」
母に見せたところ、母も「お父さんがこの鍵を使っているところを見たことがない」と答えた。弟にも電話で確認したが、同様の答えだった。
鍵屋への相談
遺品整理から3か月後、Iさんは地元の鍵屋に鍵Hを持ち込んで相談した。
鍵屋(70代男性・店主)は鍵を一目見て答えた。
「これは、銀行の貸金庫の鍵ですね。形式とこの刻印の組み合わせから、地方銀行の貸金庫の鍵だと思います」
鍵屋は続けて、刻印の漢字2文字から、銀行を絞り込んだ。
「『△△』は、たぶん『○○銀行』の略称です。ただし、その銀行は20年ほど前に、別の地方銀行に統合されています。今は『××銀行』になっているはずです」
銀行への問い合わせ
2025年5月、Iさんは統合先の『××銀行』に問い合わせをした。
「父の名義の貸金庫の有無を確認したい、と窓口で伝えました。窓口の担当者は、過去の貸金庫の記録を探してくれましたが、当時の名義での貸金庫は、現在の××銀行のシステムには引き継がれていない、との回答でした」
担当者は、統合前の『○○銀行』の元従業員に確認してくれた。
元従業員からの情報
1か月後、銀行から連絡があった。元従業員の方が、過去の貸金庫の記録を探してくれて、『○○銀行△△支店』に父名義の貸金庫があった可能性が高い、と。
「△△支店は、現在の××銀行の支店として残っていました。Iさんが△△支店に直接来てもらえれば、過去の記録を確認できるかもしれない、との連絡でした」
Iさんは△△支店に出向き、父の戸籍謄本・遺言の有無の確認書類・自身の身分証明書を持参して、貸金庫の照合をお願いした。
貸金庫の存在確認
2025年9月、銀行から正式に連絡があった。父名義の貸金庫が△△支店に存在していて、契約は40年前から続いていた、と。
「過去40年分の貸金庫の使用料が、父の名義の別口座から自動引き落としされていたそうです。年間の使用料は約8,000円、累計で約32万円が支払われていました。父の死後、その口座の引き落としが停止状態になっていたため、銀行側でも貸金庫の継承手続きが必要、と」
Iさんは相続人としての書類を揃えて、貸金庫の開示手続きを進めた。
2026年2月、貸金庫の開示
2026年2月、Iさんは△△支店で、父の貸金庫を開けた。
立会いは銀行員1名。Iさんは弟にも電話で同席を依頼したが、東京在住で日程が合わず、Iさん一人での開示になった。
「貸金庫の中身は思ったより少なくて、A4サイズの封筒が3つと、薄いノートが1冊、ただそれだけでした」
封筒の中身
3つの封筒の中身は、以下の通り。
- 封筒1:古い写真約20枚(白黒・モノクロ、撮影時期は推定1950年代後半〜1960年代)。父の若い頃の写真が含まれていた。
- 封筒2:手紙の束(約30通)。差出人はすべて同一人物の女性、宛先は父の名前。日付は1958年〜1962年。
- 封筒3:戸籍謄本のコピー1通。父の出生から、現在の家族構成までの戸籍。
「封筒2の手紙は、父が結婚する前の女性とのやり取りでした。文面は親密で、丁寧な恋文に近い内容です。差出人の女性の名前は、私が初めて聞く名前でした」
薄いノートの中身
貸金庫に入っていた薄いノートは、父の手書きの日記だった。書かれていた期間は1962年から1963年の1年間。
日記の内容は、その女性との交際の経緯、家族からの反対、別れの決断、その後の心境などが、几帳面な字で記録されていた。
「父と母の結婚は1964年です。父はその直前まで、別の女性との交際を続けていて、家族の反対で別れた、ということが、日記に淡々と記録されていました」
母への報告
2026年3月、Iさんは京都の実家で母と二人になる時間を作って、貸金庫の中身について話した。
母は内容を聞いて、しばらく黙っていた。それから答えた。
「お父さんから、結婚前に別の人と長く付き合っていた、という話は、結婚する時に聞いていたのよ。家族の反対で別れた、と。その人のお名前までは聞かなかったけれど」
母は続けて、「お父さんが、その人のことを長く大事に思っていた、というのは、結婚生活の中で時々感じていたわ。手紙や写真を、貸金庫に保管していたのは、いかにもお父さんらしい」と話した。
追跡しない判断
Iさんは、その女性の差出人住所を、当時の住所として手紙で確認できる範囲で見ていた。差出人住所は、父と同じ京都府内の別の地域だった。
「弟と相談しました。弟からは『追跡しないでほしい』との意見でした。『その人が現在も存命であれば80代後半、ご家族にも事情があるはず。父の判断で40年間、貸金庫に保管していたものを、私たちが表に出すのは違うと思う』と」
Iさんは弟の意見に同意した。手紙・写真・日記は、母と弟と相談して、現在は実家の仏壇に保管している。
父の貸金庫使用料の意味
『○○銀行』の貸金庫使用料は、40年間で約32万円。父はその間、一度も貸金庫を解約せず、年8,000円の使用料を払い続けていた。
「父にとっては、その貸金庫の中身は、自分の人生の一部だったんだと思います。家族には話さない、でも処分もしない。40年間、年8,000円を払って保管する選択をした、ということです」
Iさんは、父のその選択を尊重して、貸金庫の解約と、中身の引き継ぎを完了した。
遺品整理で出てきた1本の鍵が、40年間の父の選択を示していた。父が話さなかった事情、家族に明かさなかった大事なものを、貸金庫という形で残し続けた選択。Iさんは、それを追跡しない判断で、家族の歴史の一部として保管している。
その後
2026年5月、Iさんは家族の運用方針と、自身の遺品整理の方針を考え直した。
「私の代で、貸金庫に大事なものを保管する選択は取らないと思います。ただ、父の選択は、父の人生の整理の仕方として、尊重したい。母も同じ気持ちです」
父の貸金庫は解約済み。中身は仏壇に保管中。差出人の女性については、追跡しないままで終わっている。