亡き父の遺品の鍵束、1本だけ用途不明だった鍵が指していた銀行貸金庫の話

約8分
亡き父の遺品の鍵束、1本だけ用途不明だった鍵が指していた銀行貸金庫の話
目次
  1. 父の他界
  2. 書斎の机から出てきた鍵束
  3. 鍵Hの形式
  4. 鍵屋への相談
  5. 銀行への問い合わせ
  6. 元従業員からの情報
  7. 貸金庫の存在確認
  8. 2026年2月、貸金庫の開示
  9. 封筒の中身
  10. 薄いノートの中身
  11. 母への報告
  12. 追跡しない判断
  13. 父の貸金庫使用料の意味
  14. その後
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Iさん(仮名・47歳女性・京都府在住の中学校教員)から届いた話。亡くなった父の遺品整理で見つけた鍵束のうち、1本だけが用途不明で、父の生前に一度も使われた形跡がなかった。2年かけて鍵の形式と刻印を調査した結果、すでに統合された地方銀行の貸金庫の鍵だと判明した。残された貸金庫の中身と、家族の歴史の記録。

管理人としては、遺品の鍵から家族の知らない歴史が出てくる話は、長編カテゴリで届く類型のなかでも繊細なほうで、Iさんからの取材は2年かけて複数回に分けて聞いた。地名・銀行名・人物名は完全伏字の条件で承諾いただいている。

父の他界

Iさんの父は2024年の冬、83歳で他界した。長く糖尿病を患っていたが、最後は穏やかに亡くなった。
父の他界後、Iさんと母(79歳・存命)、弟(44歳・東京在住)の3人で、実家の遺品整理を始めた。
「父は几帳面な人で、書類はすべてファイルで分類されていました。預金通帳、保険、不動産、年金、すべての書類が整っていて、整理は思ったよりスムーズでした」

書斎の机から出てきた鍵束

遺品整理から1か月後、Iさんは父の書斎の机の引き出しから、革紐に通された鍵束を見つけた。
鍵束には8本の鍵が通されていた。
「鍵の見た目は古いものから新しいものまで様々で、父が長年使い続けてきた鍵束のように見えました」

Iさんは8本の鍵を1本ずつ確認した。

  • 鍵A:実家の玄関の鍵(現在も使用中)
  • 鍵B:父の車のキー(廃車手続き済)
  • 鍵C:祖父の家(既に売却・引き渡し済)の鍵
  • 鍵D:父の書斎の机の鍵
  • 鍵E:押し入れの中の金庫の鍵(中身は預金通帳と印鑑)
  • 鍵F:母方の祖母の家の鍵(祖母が住んでいた頃の鍵)
  • 鍵G:実家の物置の鍵
  • 鍵H:用途不明

「鍵A〜Gは、父の生活の範囲で説明がつきました。でも鍵Hだけは、何の鍵か分かりませんでした」

鍵Hの形式

鍵Hは、他の鍵と比べて作りが頑丈だった。真鍮製で、鍵の頭部分に小さな刻印があった。
刻印は『○○○○』(4桁の数字)と『△△』(漢字2文字)の組み合わせ。
「数字は鍵の識別番号、漢字は何かの略称のように見えました。家庭用の鍵には見えませんでした」

母に見せたところ、母も「お父さんがこの鍵を使っているところを見たことがない」と答えた。弟にも電話で確認したが、同様の答えだった。

鍵屋への相談

遺品整理から3か月後、Iさんは地元の鍵屋に鍵Hを持ち込んで相談した。
鍵屋(70代男性・店主)は鍵を一目見て答えた。
「これは、銀行の貸金庫の鍵ですね。形式とこの刻印の組み合わせから、地方銀行の貸金庫の鍵だと思います」

鍵屋は続けて、刻印の漢字2文字から、銀行を絞り込んだ。
「『△△』は、たぶん『○○銀行』の略称です。ただし、その銀行は20年ほど前に、別の地方銀行に統合されています。今は『××銀行』になっているはずです」

銀行への問い合わせ

2025年5月、Iさんは統合先の『××銀行』に問い合わせをした。
「父の名義の貸金庫の有無を確認したい、と窓口で伝えました。窓口の担当者は、過去の貸金庫の記録を探してくれましたが、当時の名義での貸金庫は、現在の××銀行のシステムには引き継がれていない、との回答でした」
担当者は、統合前の『○○銀行』の元従業員に確認してくれた。

元従業員からの情報

1か月後、銀行から連絡があった。元従業員の方が、過去の貸金庫の記録を探してくれて、『○○銀行△△支店』に父名義の貸金庫があった可能性が高い、と。
「△△支店は、現在の××銀行の支店として残っていました。Iさんが△△支店に直接来てもらえれば、過去の記録を確認できるかもしれない、との連絡でした」
Iさんは△△支店に出向き、父の戸籍謄本・遺言の有無の確認書類・自身の身分証明書を持参して、貸金庫の照合をお願いした。

貸金庫の存在確認

2025年9月、銀行から正式に連絡があった。父名義の貸金庫が△△支店に存在していて、契約は40年前から続いていた、と。
「過去40年分の貸金庫の使用料が、父の名義の別口座から自動引き落としされていたそうです。年間の使用料は約8,000円、累計で約32万円が支払われていました。父の死後、その口座の引き落としが停止状態になっていたため、銀行側でも貸金庫の継承手続きが必要、と」
Iさんは相続人としての書類を揃えて、貸金庫の開示手続きを進めた。

2026年2月、貸金庫の開示

2026年2月、Iさんは△△支店で、父の貸金庫を開けた。
立会いは銀行員1名。Iさんは弟にも電話で同席を依頼したが、東京在住で日程が合わず、Iさん一人での開示になった。
「貸金庫の中身は思ったより少なくて、A4サイズの封筒が3つと、薄いノートが1冊、ただそれだけでした」

封筒の中身

3つの封筒の中身は、以下の通り。

  • 封筒1:古い写真約20枚(白黒・モノクロ、撮影時期は推定1950年代後半〜1960年代)。父の若い頃の写真が含まれていた。
  • 封筒2:手紙の束(約30通)。差出人はすべて同一人物の女性、宛先は父の名前。日付は1958年〜1962年。
  • 封筒3:戸籍謄本のコピー1通。父の出生から、現在の家族構成までの戸籍。

「封筒2の手紙は、父が結婚する前の女性とのやり取りでした。文面は親密で、丁寧な恋文に近い内容です。差出人の女性の名前は、私が初めて聞く名前でした」

薄いノートの中身

貸金庫に入っていた薄いノートは、父の手書きの日記だった。書かれていた期間は1962年から1963年の1年間。
日記の内容は、その女性との交際の経緯、家族からの反対、別れの決断、その後の心境などが、几帳面な字で記録されていた。
「父と母の結婚は1964年です。父はその直前まで、別の女性との交際を続けていて、家族の反対で別れた、ということが、日記に淡々と記録されていました」

母への報告

2026年3月、Iさんは京都の実家で母と二人になる時間を作って、貸金庫の中身について話した。
母は内容を聞いて、しばらく黙っていた。それから答えた。
「お父さんから、結婚前に別の人と長く付き合っていた、という話は、結婚する時に聞いていたのよ。家族の反対で別れた、と。その人のお名前までは聞かなかったけれど」
母は続けて、「お父さんが、その人のことを長く大事に思っていた、というのは、結婚生活の中で時々感じていたわ。手紙や写真を、貸金庫に保管していたのは、いかにもお父さんらしい」と話した。

追跡しない判断

Iさんは、その女性の差出人住所を、当時の住所として手紙で確認できる範囲で見ていた。差出人住所は、父と同じ京都府内の別の地域だった。
「弟と相談しました。弟からは『追跡しないでほしい』との意見でした。『その人が現在も存命であれば80代後半、ご家族にも事情があるはず。父の判断で40年間、貸金庫に保管していたものを、私たちが表に出すのは違うと思う』と」
Iさんは弟の意見に同意した。手紙・写真・日記は、母と弟と相談して、現在は実家の仏壇に保管している。

父の貸金庫使用料の意味

『○○銀行』の貸金庫使用料は、40年間で約32万円。父はその間、一度も貸金庫を解約せず、年8,000円の使用料を払い続けていた。
「父にとっては、その貸金庫の中身は、自分の人生の一部だったんだと思います。家族には話さない、でも処分もしない。40年間、年8,000円を払って保管する選択をした、ということです」
Iさんは、父のその選択を尊重して、貸金庫の解約と、中身の引き継ぎを完了した。

遺品整理で出てきた1本の鍵が、40年間の父の選択を示していた。父が話さなかった事情、家族に明かさなかった大事なものを、貸金庫という形で残し続けた選択。Iさんは、それを追跡しない判断で、家族の歴史の一部として保管している。

その後

2026年5月、Iさんは家族の運用方針と、自身の遺品整理の方針を考え直した。
「私の代で、貸金庫に大事なものを保管する選択は取らないと思います。ただ、父の選択は、父の人生の整理の仕方として、尊重したい。母も同じ気持ちです」
父の貸金庫は解約済み。中身は仏壇に保管中。差出人の女性については、追跡しないままで終わっている。

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