亡くなった母の手帳、知らない人の電話番号が15個書かれていた話
Tさん(仮名・54歳男性・大阪府の自営業)から届いた話。亡くなった母の遺品整理で見つけた古い手帳に、家族の誰も知らない人物の電話番号が15個書かれていた経緯。番号を1つずつ照会した結果、すべてが昭和40〜50年代の市内局番で、すでに廃番されていた。
管理人としては、戦後の女性の独身時代の人間関係に関わる話で、Tさんからの取材は1年半かけて5回に分けて聞かせていただいた。家族のプライバシーに配慮して、地名と人物名はすべて伏字とさせていただいている。
母の他界
Tさんの母は2年前、87歳で他界した。長く健康だったが、最後の半年は入退院を繰り返していた。母の他界後、父(85歳・存命)とTさん夫婦で、実家の遺品整理を1年かけて進めた。
「母は几帳面な人で、書類や写真が時代ごとに分類されていました。整理は思ったよりスムーズに進みました」
書斎の引き出し最奥の手帳
整理がほぼ終わった頃、母の書斎の机の引き出し最奥から、古い革張りの手帳が出てきた。
手帳の表紙は色あせていて、Tさんが見たことのないものだった。「父にも見せましたが、『この手帳は知らない。母の独身時代のものかもしれない』と」
手帳の中身は、ほとんどが空白だったが、見返しのページに15個の電話番号が、几帳面な字で書かれていた。名前は書かれていない。番号だけが縦に並んでいる。
番号の特徴
15個の電話番号は、すべて当時の大阪市内の局番から始まっていた。Tさんは大阪府で生まれ育ったので、市外局番と市内局番のパターンには見覚えがあった。
「番号の桁数と局番の形式から、昭和40年代後半から50年代の番号、と推定しました。母が結婚する前、20代の頃の番号です」
父との結婚は1971年。それより前、母が独身で大阪市内のメーカーに勤めていた時期の番号、ということになる。
父の証言
Tさんは父に手帳を見せて、母の独身時代の交友関係について聞いた。
父は「結婚前の母さんの友人は、ほとんど知らない。結婚後に紹介された人は数人いたけど、その中に手帳の番号と一致する人はいない、と思う」と答えた。
母は結婚後、専業主婦になり、独身時代の友人とは徐々に疎遠になっていた。父も「母さんは過去のことをあまり話す人じゃなかったね」と話した。
番号を1つずつ照会
Tさんは、15個の番号を1つずつ照会することにした。市外局番付きでかけ直すと、すべての番号が「現在使われていない」アナウンスだった。
「番号の局番から区を特定して、当時その区にあった会社や住所を市の図書館で調べました。1年かけて、15個のうち8個まで地区が分かりました」
残り7個は、局番の対応表が古すぎて特定できなかった。
図書館で過去の電話帳を確認
大阪市立図書館で、1970年〜1975年の電話帳を閲覧した。番号と住所を照合する作業を、半年かけて続けた。
「家庭用の電話帳に載っていたのは、15個のうち5個。残り10個は会社用の電話帳に載っていたか、そもそも未掲載の番号でした」
5個の家庭用電話の名義人は、すべて女性名だった。30代から50代の年代と推定された。母と同年代から、母より少し上の年代の女性たち。
名義人の現在
Tさんは、その5人の女性について、現在の状況を可能な範囲で調べた。
結果、5人のうち3人は既に他界が確認できた。残り2人のうち1人は転居先不明、もう1人は同じ住所に親族が現在も住んでいる、ということが分かった。
「同じ住所に住んでいるご親族にお手紙を出して、お母様について伺いたい旨をお伝えしました。返信が来るのに3か月かかりました」
返信が届いた
3か月後、返信のハガキが届いた。差出人は80代の女性で、手紙の名義人(亡くなった方)の妹だった。
『母をよく知っていた、と申しております。お母様のお名前は◯◯さんですね、若い頃に勤めていた会社の同僚だったと聞いています』
Tさんは即座にお礼の電話をかけた。電話に出た80代女性は、Tさんの母の旧姓と当時の勤務先、住んでいた寮の名前まで覚えていた。母の独身時代の人間関係の中に、確かに自分の姉が含まれていた、と。
15個の番号の正体
その80代女性によると、当時、大阪市内のメーカー寮には、若い女性の同僚が10人以上住んでいて、寮の中で「電話当番表」を作っていたそうだ。
『部屋ごとに電話の取り次ぎ担当がいて、寮全体で15人分の番号を共有していました。お母様の手帳の15個は、その時の取り次ぎ表だと思います』
Tさんは、その話を聞いて、手帳の電話番号の意味が初めて分かった。
母が独身時代に過ごした寮の生活、その中で築いた関係、それを記録した手帳。20代の母が、自分の人生の中で大事に思っていた何かが、その手帳にだけ残っていた。
その後
Tさんは、80代女性とその後も手紙でやり取りを続けている。母の独身時代のエピソードを少しずつ聞かせてもらっている、と。
「父は『母さんは過去のことを話さない人だった』と言っていましたが、それは話さなかっただけで、大事にしていた、ということだったみたいです」
Tさんは、手帳を母の遺品の中で大事に保管している。15個の番号のうち、現存していた1個だけが、今でもTさんと80代女性を繋ぐ線として機能している。