四階の、ナースコールの話
Iさん(仮名・38歳女性・関東圏内の総合病院に勤務する看護師)からメールで5往復、その後通話で1回約50分、追加取材させてもらった。場所は関東圏内の総合病院の整形外科病棟・四階。Iさんは「特定の病院名は出さないでほしい、ただし話の構造は事実」とのこと。仮名・病院名・診療科の細部・所在地・本人の出身地、すべて伏せ字。本筋はそのまま。
これは去年の春、私の勤務先の病院での話です。
私は関東圏内の総合病院で、看護師として10年以上働いている。
今は整形外科病棟、四階の担当。
整形外科は骨折や手術後のリハビリの患者さんが多く、夜勤中に急変することは比較的少ない病棟だ。
ナースコールが深夜に鳴ることはあっても、ほとんどがトイレ介助か、痛み止めの追加要請。
去年の春、4月のことだった。
夜勤の深夜帯、午前2時過ぎに、四階のナースコールが鳴った。
コールが鳴った部屋は、四階の北側、東向きの個室、四〇五号室。
私はステーションで応答した。
「四〇五号室です、どうされましたか」
応答はなかった。
コール越しに、患者さんが押したまま何も話さない、ということは、認知症の患者さんでよくある。
その時間帯の四〇五号室の患者さんは、80代の女性で、軽度の認知症があった。
私はステーションを出て、四〇五号室まで様子を見に行った。
病室のドアを開けると、患者さんはベッドで深く眠っていた。
ナースコールのボタンは、ベッドの脇のテーブルの上、コードが垂れた状態で置かれていた。
患者さんは寝ていて、ボタンには触れていない。
誤作動かもしれない、と私は思った。
古い病院で、ナースコールの誤作動はたまにある。
私は患者さんの様子を確認して、毛布を直してから、病室を出た。
ステーションに戻る途中、四階の廊下の蛍光灯が、一瞬だけちらついたのを覚えている。
ステーションで記録を書いていたら、午前3時前に、もう一度ナースコールが鳴った。
今度は四〇五号室ではなくて、四〇三号室。
四〇五号室の二つ隣の部屋だった。
応答すると、こちらも無音。
私は四〇三号室まで歩いていって、ドアを開けた。
四〇三号室の患者さんも、深く眠っていた。
ナースコールのボタンは、ベッドの脇にぶら下がっていた。
誤作動が二回続いた、ということになる。
私はステーションに戻って、夜勤の同僚に「ナースコール、誤作動が続くね」と言った。
同僚は記録を見ながら「四階の北側、最近多いよね」と答えた。
そう言われて過去の記録を確認すると、四階北側のナースコール誤作動は、その月の夜勤帯で6回ほど起きていた。
全部、応答しても無音、訪室すると患者さんは寝ている、というパターンだった。
翌週、勤務シフトの引継ぎで、ベテランの先輩看護師にその話をした。
先輩は10年以上、四階で勤務している方。
先輩は「四〇五と四〇三と四〇一は、夜中にコールが鳴る部屋」と言った。
「鳴って訪室しても、患者さんは寝てる、というパターンが多い」
「いつから?」と私は聞いた。
「私が入って来た時には、もうそうだった」と先輩は答えた。
「だから、たぶん10年以上前から」と。
四〇五、四〇三、四〇一の三部屋は、四階の北側の窓際で、東向きに並んでいる個室だ。
先輩は「鳴ったら訪室する、訪室したら患者さんは寝てる、それを記録して、終わり」と言った。
「気にしないで」と。
私はその後も、四階の夜勤に入るたびに、無音のナースコールに対応している。
頻度は月に2、3回。
応答しても無音、訪室すると患者さんは寝ている、というパターンは変わらない。
先輩の言う通り、私も「鳴って、訪室して、終わり」を繰り返している。
なぜその三部屋なのか、なぜ患者さんが寝ているのか、私には分からない。
ただ、四〇五、四〇三、四〇一、奇数の番号で、東向きに並んでいる、ということだけは、頭に残っている。
ネットで「ナースコール 誤作動」と検索すると、機械的な不具合の話か、看護師さんの体験談がいくつか出てくる。
ただ、私の話のように、特定の三部屋だけで、10年以上、夜中の同じ時間帯に鳴る、というパターンの話は、ほとんど見つからない。
今年の春、四階の整形外科病棟に、新しい看護師が配属になった。
20代の若い方で、夜勤に入った最初の週に、私のところに来て言った。
「四〇五号室、たまにナースコール鳴るんですけど、あれ何ですか」と。
私は先輩から教えられた通り、「鳴って、訪室して、終わり。気にしないで」と答えた。
その後輩は「分かりました」と言って、業務に戻った。
10年以上前から、四階の北側の三部屋では、ずっと同じことが起きている。
私が辞めた後も、たぶん、誰かが訪室して、誰かが「気にしないで」と引き継いでいくのだと思います。