実家の裏のトンネルで孫が見たもの

約5分
実家の裏のトンネルで孫が見たもの
共有: X LINE

Mさん(仮名・62歳女性・北関東の農家)の話。共通の知人を介して連絡をもらい電話で1回約40分ほど話を伺った。仮名と地名ぼかし条件で承諾をいただいている。

これは7、8年前のこと。当時、孫が泊まりに来てた。

私は長野の山あいの集落に住んでいて、夫と二人暮らし。息子の家族は東京にいて、夏休みになると小学生だった上の孫を一週間ほどうちで預かるのが恒例になってました。

その年も、お盆の少し前に孫が一人で新幹線に乗って来た。確か、上が三年生の夏。

うちの裏には小さな川が流れていて、川沿いに細い舗装路がついてる。昔は林業の道だったらしいんですけど、いまは地元の人がときどき散歩に通るくらい。ほとんど誰も通らない。

その道を二十分ほど上っていくと、古いトンネルがある。

県境の方に抜ける昔の線路のトンネルで、もう何十年も前に線路が付け替えになって、使われなくなったもの。鉄の柵で塞がれてるんですけど、横に人ひとり通れる隙間が空いてた。

孫が来た三日目の夕方、夕飯の前に少し涼もうかという話になった。私と孫とで川沿いの道を歩いたんです。

日が長い時期で、6時を回っても明るくて、蝉がまだ鳴いてる。孫は虫取り網を持っていて、途中でアブラゼミを一匹捕まえて、ご機嫌でした。

トンネルの手前まで来たところで、私が休もうと言って入り口の脇の縁石に腰を下ろした。

中までは入る気はない。あそこは古くて、上から石が落ちてくることもあると、義父が生きてた頃に聞いてましたから。

孫もすぐ横に座って、捕まえた蝉を虫籠に入れ替えたりしてる。

そのうち、孫が立ち上がって、トンネルの入り口の方に三歩ばかり進んだ。柵の隙間からじっと中を覗き込んで、動かなくなって。

私は、危ないからこっちおいで、と声をかけた。

孫は返事をしません。横顔だけが見えて、口が少し開いてた。

もう一度呼ぶと、孫がこっちを向いて、「おばあちゃん、あの人なに」と言うんです。

あの人、と言われて、私はトンネルの中を見た。中は薄暗くて、奥の方は真っ黒で、何も見えない。

私には、誰もいないように思えました。

孫はもう一度、奥の方を指さして、「あそこ、立ってる」と。

そのとき急に、足元の草むらでガサッと大きな音がした。蛇かなにかだと思います。

私はびっくりして、孫の腕をつかんで、もう帰ろう、と引き返した。

孫はちょっと振り返ってましたけど、それ以上は何も言わない。

家までの帰り道、私は普通に夕飯の話なんかをして、孫もちゃんと答えてた。トンネルの話はお互いに出さなかった。

その晩、お風呂の後で孫が居間に来て、「おばあちゃん」と小さい声で呼ぶんです。

「さっきのあの人、おばあちゃんも見えなかったの」と聞いてきました。

私は、見えなかったよ、と答えるほかない。

孫は少し黙って、「白いシャツの男の人が、線路のとこに立ってこっち見てた」と言いました。背は高くなくて、片手を上げてた、とも。

怖がってるというよりは、不思議そうな顔。

私は、見間違いかもしれないからもう寝ようね、と言って、その日はそれで終わりにした。

孫が東京に帰ってから、私は夫にだけその話をしました。

夫はしばらく黙ってから、ああ、と言って、自分も子どもの頃に同じものを見たかもしれない、と言い出した。私はそのとき初めて聞きました。

夫は地元の人間で、あのトンネルは小学生の頃の遊び場だったそうです。仲間と肝試しに行って、奥に白いシャツの男が立ってるのが見えて、皆で逃げ帰ったことがある、と。

それきり、あそこには近づかなくなったらしいんですけど、はっきり覚えてるとは言いません。怖いというより、見たような気がする程度の言い方。

その何年か後、義父の十三回忌で親戚が集まったときに、何かの話の流れで夫の従兄弟がトンネルの話を始めた。

集落の年寄りには知られた場所らしくて、戦時中にあの近くで人が亡くなったとか、トンネル工事で事故があったとか、いくつか言い伝えがあるそうです。本当のところは誰も知らないみたい。

ただ、子どもの頃にあそこで何かを見た、という話をする人が、夫以外にも何人かいた。

孫はその後、あのトンネルの話を一度もしません。

中学生になってからうちに来たときに、川沿いを散歩する話が出て、私はそれとなく道を変えた。孫もそれを察したのか、何も言いませんでした。

いまは私も歳をとって、あのあたりまでは歩かなくなってる。

ただ、お盆の時期に窓を開けてると、川の方から子どもの声が聞こえることがあるんです。孫の声に似てるような気もしますし、似てないような気もします。

夫は、気のせいだろう、と言うだけ。それ以上は何も言わない。

こっちにも、もうひとつ

大阪に出張した時の話

次の話を読む →