大阪に出張した時の話

約4分
大阪に出張した時の話
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Tさん(仮名・36歳男性・北九州の地方紙の整理担当)から

これは去年の夏、自分が大阪に出張した時の話なんですけど。

普段は北九州の小さな新聞社で整理の仕事をしてます。記事の見出しを切ったり、紙面のレイアウトを組むのが本業。取材で外に出るのは年に数回しかありません。

その数回のうちの1回が、たまたまその日だったんです。

取材先はミナミの繁華街にある古い飲食ビル。8階建てで間口が狭くて奥に長い、いわゆるペンシルビルってやつ。

そのビルが建ってる場所は、昔大きな火事のあった土地らしいんです。出発前に先輩から聞きました。デパートかなにかが燃えて、たくさん人が亡くなった、と。

自分はその時、ふうん、と聞き流してました。大阪に詳しくないので、いまいちピンと来てませんでした。

取材自体はビルの6階にある老舗のバー店主に話を聞く、というもの。地元紙との合同企画で、夕方4時に約束してたんです。

新幹線で新大阪まで出て、地下鉄に乗り換えて難波で降ります。地上に出てから少し迷って、なんとか時間ぎりぎりに到着。入り口の自動ドアは故障してて、半開きのまま止まってる。

エレベーターは奥にありました。1基だけの、扉が銀色の古い箱型。

ボタンを押すと、上のほうで重たい音が鳴って、ゆっくり降りてくる。扉が開いた時、中は無人。これは確かに覚えてます。

鏡が左右と背面に貼ってあって、自分1人が映ってる。

6階のボタンを押して、扉が閉まります。動き出してから、ふと背中側の鏡をちらっと見たんです。

そこに、自分の後ろにもう1人立ってる。

中年くらいの男。グレーのシャツを着て、両手をだらんと下げて、こっちに顔を向けてる。

表情はちゃんと見ていません。というか、見られなかったんです。怖いとか、そういう前に、頭が状況に追いつかない。

振り返ろうとしたら、ちょうど3階を過ぎたあたりで、エレベーターがガクン、と一度止まりかけました。蛍光灯がチカチカしてる。

それから何事もなかったように、また動き出して。鏡の中の男は、もういません。

6階に着いて、扉が開きます。降りる時、足が変に重たくて、つまずいて段差にぶつかりました。

バーは廊下の突き当たり。店主は普通に出迎えてくれて、自分は何も言わずに、予定通り1時間ほど話を聞いて、写真を撮ってメモを取りました。取材の内容は問題なく終わったんです。

帰り、同じエレベーターに乗るのが嫌で、非常階段で1階まで降りました。階段は薄暗くて、踊り場ごとに小さな窓があって、外の看板の光がちらちら入ってくる。

1階に着いた時には、シャツの背中が汗でびっしょり。

新幹線で帰る道中、ずっと考えてました。見間違いだろう、疲れてたんだろう、と何度も自分に言い聞かせて。

実際、前日は校了で遅くまで残業してたんです。たぶん睡眠不足。だから、そう片づけようとした。

北九州に戻った翌週、社の喫煙室で大阪出身の先輩記者と雑談になりました。出張どうだった、という話の流れで、自分はあのビルの名前を口にしたんです。

すると先輩は、煙草を持ってた手を止めて、ああ、あそこ、と短く。それから、エレベーターで何か見なかったか、と聞いてくる。

自分は黙ってしまいました。

先輩は、こっちの顔を見て、納得したように頷きます。

あの一帯のビルでは、その手の話は珍しくないそうです。先輩の知り合いの記者も、別のビルで似たような目にあったらしくて。

火事で亡くなった人の数が多すぎて、土地ごと残ってるんじゃないか、という言い方をしてました。本当のところは分からない。

ただ、地元の新聞社では、新人をそのあたりの取材に1人で行かせない、という暗黙のルールもあるらしいんです。

自分は今のところ、その後ミナミに行く機会はないです。あえて避けてるわけでもないんですけど。

できれば二度と、あのエレベーターには乗りたくないと思ってます。

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