地元の田舎道にある古い自販機の話
Kさん(仮名・45歳女性・東北の町役場勤務)から届いた話。
これは実家の近くの話で、私の地元では昔から知られてる古い自販機のことを書いてみます。
私は東北の小さな町の出身。高校を出て県内の専門学校に行って、そのあと地元に戻り、役場に勤めました。いまは住民課の窓口で、証明書の交付や転入転出の手続きをやってます。45になります。
実家は町の中心から少し外れた集落で、車で5分も走れば、田んぼと雑木林しかない景色になる。
その田んぼと雑木林に挟まれた一本道、隣の集落に抜ける県道の途中に、古い自販機が1台だけ立ってます。
昔はそのあたりに小さな商店があって、自販機はその店の脇にあったらしいんですけど、私が小学校に上がるかどうかの頃には、もう店は閉まってました。建物も取り壊されて、いまは自販機だけが、雑草の生えた路肩にぽつんと残ってる。
止めてある自販機
その自販機は、地元の人間からすると、あれは「止めてある自販機」。
電源は来ていないはずだ、と父から聞かされて育ちました。商店が潰れた時に業者がコードを抜いたまま置いていった。近所の年寄りはみんなそう話してました。
だから普段は、ただの古い箱。塗装が剥げて、商品サンプルの窓も色が褪せて、銘柄も読めません。日中、横を通っても何の音もしない。
ただ、深夜だけ、点くらしいんです。
ヤマちゃんの父親が見たもの
これは中学生の頃、同級生のヤマちゃんという友達から聞きました。
ヤマちゃんの父親が夜勤明けの帰り道、午前3時くらいにあの自販機の前を車で通った。そのとき、ランプが点いて、低い唸りが聞こえたそうです。窓の中の缶も、ちゃんと光ってた。
父親はびっくりしてブレーキを踏みかけたんですけど、後ろの席のおばあちゃんが、それを止めたそうです。
止まんなくていい。買わなくていい。
それだけ言って、家に着いてからも説明はなし。その話はそれっきりです。地元の年寄りは、そのへんの感じを子供や孫にあまり話しません。
私自身は、深夜にあの道を通ったことがほとんどないんです。役場勤めなので、夜中に車で町外れまで行く用事もない。だから自分の話としては「点いてるのを見たことがある」というところで止まってます。父も同じで、見たことはあるけど買ったことはない、と言ってました。
窓口に来る人たち
後悔した、という話のほうは、職場から入ってきます。
うちの町も最近は、観光客が少し増えて。近くの渓谷に紅葉の名所があって、秋になると県外ナンバーの車がぽつぽつ走ってる。役場の窓口にも、道を聞きに来る観光客や落とし物の相談が来ます。その流れで、自販機の話が何度か出てくるんです。
3年くらい前、40代くらいのご夫婦が窓口に来ました。深夜に県道沿いで缶コーヒーを買ったら、家に帰ってから旦那さんが高熱を出した。缶も捨てたのに気持ち悪くて眠れない、と。
場所を聞いたら、ちょうどあの自販機のあたりでした。
私は地元の人間なので、あそこは止まってる自販機なんですけど、と言いかけて、口をつぐみました。買えたんだから、止まってないということになる。
奥さんは、缶がやけに冷たかった、と話してました。秋でしたけど、握っていた手がしびれるくらい冷たかったそうです。
同じような相談は、先輩の職員も何件か受けてたみたいです。一人旅の若い男性が明け方に水を買って車に戻ったら、後部座席に置いた覚えのない小銭が散らばっていた、という話。別の年には、釣り客のグループが深夜にジュースを買って飲んだあと、そのうちの1人だけ、しばらく耳鳴りが取れなかった、という話もあったと聞きました。
共通してるのは、みんな「買えてしまった」こと。
業者の人の話
一度だけ、窓口で自販機業者の人と話したことがあります。町内の自販機の入れ替えで来た人で、雑談のついでに、あの県道の自販機のことを聞いてみたことがあって。
業者さんはタブレットで管理リストを確認して、首をかしげてました。
あの場所、うちのリストにないんですよね。他社さんのでもないと思います。撤去依頼が来たら誰が応じるんだろう、って。
リストにない自販機が、深夜だけ動いて、冷えた缶を売る。書いていて、自分でも整理がつきません。
地元の感覚としては、あれは「買わなければ何もない」もの。年寄りたちがそうしてきたように、私も止まらないし、買わない。
それでも夜にあの道を通るとき、ランプが点いてないか、つい目をやってしまいます。
点いていたら、たぶんアクセルを踏みます。