夕方の旧伊勢神トンネルで、奥から子どもの数える声が聞こえた話

約4分
夕方の旧伊勢神トンネルで、奥から子どもの数える声が聞こえた話
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Kさん(仮名・34歳男性・会社員)から、サイトの投稿フォームで届いた話。古い隧道や廃道をめぐるのが趣味で、休みのたびに各地を歩いているという。仮名と、細かい日付はぼかしてほしいとのことだった。

自分の趣味は、古いトンネルを見に行くことです。煉瓦や石を積んで作った、明治や大正のやつ。今は車が通らなくなった、旧道の隧道。

あの、ひんやりした空気と、苔のにおいが好きなんです。中に入ると、外の音が急に遠くなる。あの感じ。

愛知の、旧伊勢神トンネルにも、前から行きたいと思っていました。石を積んで作った、古い隧道です。

そのあたりが、いわゆる出る場所だというのは、知っていました。昔から色々言われている、というのは、行く前に何となく耳にしていた。

ただ、自分はその手の話を、あまり本気にしていません。建物として、古いものが見たいだけ。だから、由来とかは、特に調べませんでした。

行ったのは、去年の、秋でした。平日の、夕方。

わざと、人のいない時間を選びました。観光地じゃないので、昼でも、めったに人はいない。それでも、夕方ならまず誰もいないだろうと。

車を、手前の広いところに止めて、そこから歩きました。坂を、五分くらい登る。

日が、だいぶ傾いていました。山の木で、足元はもう薄暗い。

隧道の入口が、見えてきました。石を積んだ、アーチ。思っていたより、ずっと立派でした。

中は、真っ暗です。反対側の出口が、小さく明るく見える。距離にして、三百メートルくらいだと聞いていました。

ライトを点けて、中に入りました。足元は、湿っていて、ところどころ水たまり。

石の壁を、ライトで照らしながら、ゆっくり歩きました。一つ一つの石の、積み方を見るのが、楽しくて。

半分くらい、来たときです。

後ろのほう、入ってきた側から、声が聞こえました。

子どもの声でした。細い、女の子みたいな声。

歌っているのか、数を数えているのか。いち、にい、さん、みたいな。まりつきの歌に、近かったと思います。

最初は、誰か入ってきたのかと思いました。子ども連れの人が、後ろから。

振り返って、入口のほうをライトで照らしました。でも、誰もいない。光は、途中で闇に溶けて、奥までは届かない。

声は、続いていました。同じ調子で、いち、にい、さん。

おかしいな、とは思いました。でも、トンネルの中って、音が変に響くんです。外の音が、中で回って、近くに聞こえることもある。

そう思うことにして、自分は出口のほうへ、歩く速さを少しだけ上げました。

声のするほうへ、少し戻ってみようかとも思いました。でも、なぜか足が、出口のほうへ向いていた。

数メートル、出口に近づくと、声が、ふっと止みました。

ぴたり、と。歌の途中で、切れたみたいに。

あとは、自分の足音と、水の落ちる音だけ。それが、かえって、いやでした。

出口の、明るいところまで出て、ほっとしました。外は、まだ薄明るかった。

なんとなく、もう一度、中を振り返りました。今出てきた、トンネルのほうを。

入口の側、自分が入ってきたあたりの暗がりに、何か、小さいものが立っていました。

子どもくらいの、背の高さでした。輪郭だけが、闇より少し濃く見える。顔とか、服とかは、暗くて分かりません。

それが、人なのか、見間違いなのか。自分には、はっきり言えません。

瞬きを、一回しました。そのあと、もう一度よく見ようとは、しませんでした。

そのまま、坂を下って、車に戻った。後ろは、振り返っていません。

あの声が何だったのか、あの影が何だったのか。今も、分かっていません。

あれから、古いトンネルを見に行くのは、まだ続けています。ただ、あの隧道にだけは、二度と行っていません。

こっちにも、もうひとつ

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