山の廃神社で紐のない鈴が鳴って、賽銭箱の小銭だけが新しかった話

約4分
山の廃神社で紐のない鈴が鳴って、賽銭箱の小銭だけが新しかった話
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Hさん(仮名・41歳男性・会社員)から、サイトの問い合わせフォームで届いた話。週末は一人で山に登るのが趣味だという。仮名と、場所をぼかすことを条件に、書かせてもらっている。

これは去年の秋、低い山に登ったときの話です。

自分は登山が趣味で、月に二回くらい、一人で歩いています。標高の低い、地元の人がたまに使うような山が多い。

その日は朝の七時に登り始めました。天気は良くて、風もない。落ち葉を踏む音だけが、ずっと続いていた。

登山道は途中で二手に分かれていて、自分はいつも使わないほうの、細い道を選んだ。気分を変えたかっただけ。

その道を三十分ほど登ったあたり。木の間に、屋根が見えた。

小さな社でした。神社というより、祠に近い。木の鳥居は灰色になって、根元のほうが少し傾いています。

参道らしきものはありますが、草に埋もれていました。最近、人が通った様子はない。

自分は登山の途中で、こういう古い社を見つけると、手を合わせることにしています。なんとなく、です。

近づいてみると、思っていたより、傷んでいた。

屋根の板は何枚か落ちて、賽銭箱の前の階段も、苔で緑になっている。社の戸は閉まっていて、長いこと開けられていない感じでした。

正面の軒下に、鈴が下がっている。神社でよく見る、あの大きな鈴。

ただ、鈴を鳴らすための紐が、ありません。

鈴緒、というらしいです。鈴を鳴らす、あの太い縄。それが根元から切れていて、鈴の金具だけが、ぽつんと残っていました。

切れた縄の先は、下に少しだけぶら下がっている。触れば、ぱらぱらと崩れそうなくらい古い。

自分は鈴は鳴らせないな、と思って、そのまま手だけ合わせました。

目を閉じて、十秒くらい。

そのときです。

頭の上で、鈴が鳴りました。

ガラン、と、一回。続けて、ガラ、ガラン、と。

目を開けて、見上げました。鈴が、揺れています。

鳴らす紐はない。風もない。自分は鈴に触れていない。

それなのに、鈴だけが、左右に揺れて、音を立てていました。

自分は一歩下がった。揺れは、だんだん小さくなって、やがて止まった。

風かと思って、手のひらを上に向けてみましたが、空気は動いていません。落ち葉も、地面に止まったまま。

少し、気味が悪くなって。

でも、すぐに帰る気にもならなくて、自分は賽銭箱のほうを見ました。

古い、木の賽銭箱です。上の格子は錆びた鉄で、ところどころ朽ちている。何十年も、誰も触っていないように見えました。

格子の隙間から、中を覗き込んだ。

底のほうに、小銭が、何枚か落ちていました。

その小銭が、新しい。

錆びた箱の底で、それだけが、ぴかぴか光っていました。十円玉と、百円玉。曇りも、汚れもない。

古いお賽銭なら、黒くなっているはずです。でも、その何枚かだけは、最近入れたばかりに見えました。

誰かが、最近ここに来ている。

参道は草で埋もれていて、人が通った跡はない。それなのに、賽銭箱の中だけ、新しい。

自分は、そこで手を合わせるのをやめて、来た道を下りました。

下りるあいだ、後ろは、振り返っていません。

鈴が鳴ったことも、新しい小銭のことも、誰かに話したわけではないです。話しても、風だろう、とか、地元の人が来てるんだろう、で終わると思うんで。

自分でも、たぶんそうなんだろう、とは思っています。

ただ、あの参道の草の埋もれ方と、箱の中の小銭の新しさが、どうしても、頭の中で繋がりません。

あの社が何なのか、誰が祀られているのかは、調べていません。

地元の人に聞けば、何か言われているのかもしれない。でも、自分は聞いていないし、これからも聞かないと思います。

その山には、別の道なら、今も登ります。

ただ、あの細いほうの道には、あれから一度も入っていません。

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