廃ホテルの肝試しで、305号室の鍵だけが無かった。帰りの車で、その鍵が仲間のポケットから出てきた話
Sさん(仮名・36歳男性・会社員)から、メールで届いた話。学生のころ、肝試しで行った廃墟での体験だという。場所は伏せる。
山の上に、古い廃ホテルがありました。
バブルのころに建って、すぐ潰れた、という話でした。心霊スポットとしては、地元で有名だったらしい。
大学のとき、サークルの仲間3人で、夜に行きました。
車を、ふもとに停めて。荒れた坂道を、懐中電灯で登っていく。
ホテルは、想像より、ずっと大きかった。窓は、ほとんど割れている。
正面玄関は、ガラスがなくなっていて、そのまま、中に入れました。
ロビーは、広い。ソファは、ぼろぼろ。天井から、配線が、垂れ下がっている。
足を踏み入れるたび、ガラスの破片が、じゃり、と鳴った。
フロントの、奥の壁。そこに、鍵がかかっていました。
部屋ごとの、ルームキー。番号のついた板に、ずらりと、ぶら下がっている。
面白がって、自分は、その鍵を、ひとつずつ見ていきました。
301、302、303。ぜんぶ、揃っている。
ひとつだけ、無かったんです。
305の、フックだけが、空っぽでした。
ほかは全部あるのに。誰かが、305の鍵だけ、持っていったみたいに。
肝試しの、こういうノリ。じゃあ305を見に行こう、と誰かが言いました。
3階まで、階段で上がります。
廊下は、長くて、まっくら。両側に、ドアが並んでいる。
305号室の前に、立ちました。
ドアは、閉まっている。ノブを回しても、開きません。
ほかの部屋は、ぜんぶ開いていたのに。305だけ、内側から鍵がかかっているみたいでした。
鍵は、フロントに無かった。じゃあ、誰が、内側から閉めたのか。
そう思ったら、急に、こわくなって。
自分たちは、ホテルを出て、坂を駆け下りました。
車に戻って、ひと息ついた、そのときです。
仲間のひとりが、あれ、と言いました。
ジャンパーのポケットから、何かを、取り出して。
305、と書いた、ルームキーでした。
誰も、フックから取っていません。ずっと、空っぽだと思っていた。
彼は、その鍵を、窓から外へ、投げ捨てました。それきり、誰も、拾いに行っていない。
今思えば、捨てる前に写真でも撮ればよかった。でも、あのときは、ただ早く手放したかった。
あのホテルは、もう、取り壊されたと聞きました。
305号室の鍵が、今、どこにあるのかは、分かりません。