赴任先の中学校の音楽室の話

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赴任先の中学校の音楽室の話
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Mさん(仮名・38歳女性・瀬戸内地方の中学校で音楽教員)から

これは新任の頃の話で、私が大学を出てすぐ、瀬戸内の港町の公立中学校に赴任したときのことなんですけど。

私は地元の音大を出て、二十三のときに音楽の教員として採用されたんです。

配属先は希望していた市内の中学校ではない。車で40分ほど離れた、海に近い小さな町の学校だった。

生徒数は300人くらいで、音楽の専任は私1人。前任の先生が3月で退職されて、その後任という形で4月から入りました。

その町は、戦時中に軍の街として大規模な空襲を受けたところだ。

中心部は一晩でほとんど焼けて、多くの民間人が亡くなったらしいです。

私が赴任した中学校も、もとあった校舎が焼失してから戦後に建て直されたもの。敷地の隅には小さな慰霊碑が建ってました。

赴任の挨拶のときに教頭から教えてもらったんです。私は出身が山陰の方なので、その辺りの歴史にはあまり詳しくありません。

音楽室は本校舎の3階の、いちばん端。

窓からは旧市街と港が見える位置で、日中は明るくて気持ちの良い部屋だった。

グランドピアノが1台と、合唱用の段差つきの椅子が並んでいて、奥に楽譜の資料室がついてます。

新任のうちは授業準備に時間がかかるので、放課後の部活動が終わったあとも、私はよく音楽室に残って翌日の譜読みをしてたんです。

その日は6月の半ばで、吹奏楽部の指導が終わったあとに、夏のコンクールの伴奏譜を確認していました。

生徒も先生もほとんど帰ってしまって、校舎には警備の用務員さんと私くらいしか残っていない。時計を見ると、夜の9時を少し過ぎてました。

私はピアノに向かって、1人で弾いていたんです。

電気は教卓の上の蛍光灯と、ピアノの譜面灯だけ。部屋全体は薄暗い。

何度か通しで弾いて、指を休めようとして手を止めたとき、視界の左の端に何かが入ったんです。

資料室の扉の横、ちょうど壁と楽譜棚のあいだのあたり。

子供が立ってました。

背の低い、小学校に上がる前くらいの男の子に見えたんです。半袖のシャツのような白い服。こちらを向いて、両手を体の横に下げてます。

顔まではっきりとは見えません。蛍光灯の光が届かなくて、輪郭が暗いほうに溶けて見える感じだった。

私はびっくりして、ピアノの椅子の上で固まってしまった。

なんでこんな時間に子供がここにいるのか、頭が追いつきません。

声を出そうとして、いったん視線をピアノの鍵盤の方に落としたんです。

落ち着いてから、もう一度顔を上げて隅を見たんですけど、そこにはもう誰もいません。資料室の扉も閉まったまま。

そのあと私はすぐに楽譜をまとめて、職員室には寄らずに音楽室の鍵を持って出たんです。

階段を降りる足が変に重くて、踊り場で1回立ち止まった気がします。

用務員さんに鍵を返すときに、ほかに残ってる生徒はいませんよね、と聞いたんです。用務員さんは「もう1時間も前に、最後の子は帰ったよ」と言う。

私は、見間違いだろう、譜読みで疲れていたんだろう、と思うようにしたんです。

その週はそれきり何もありません。気のせいだったと自分に言い聞かせて、また放課後の音楽室で残業をするようになったんです。

次に見たのは、その週末から10日ほど経った夜。

たまたまその日も、9時を少し過ぎたくらいの時間。私は同じようにピアノを弾いてました。

手を止めて譜面に書き込みをしようとしたとき、また左の隅に気配を感じたんです。

顔を上げると、前と同じ場所に同じ子供が立っている。同じ白っぽい服で、同じように両手を下げて、こちらを向いてます。

今度は、これは見間違いではないと思いました。

それでも私は、息を止めて視線を鍵盤に戻したんです。10秒ほど数えてから、もう一度顔を上げる。

そこには誰もいません。

翌日、私は職員室で、隣の席の社会科の先生に小さい声で話しました。

30代の女性の先生で、この学校に10年近くいる方だった。

私が、音楽室の隅に子供が立ってる気がした、と話したら、その先生は手を止めて、少しだけ黙る。

それから、「やっぱり、まだ出るんだね」と言ったんです。

その先生によると、音楽室で同じような話をする先生は、私の前にも何人かいたらしい。前任の先生も、退職する少し前に同じような話をしていた、と聞きました。

場所もだいたい資料室の横の隅。見える時間帯も、夜の9時前後が多いという話だった。

学校が建つ前のあの一帯が、空襲のときに防空壕になっていて、たくさんの人がそこで亡くなったらしい。そういう話も、その先生は教えてくれました。

本当のところは、もう確かめようがないみたい。

ただ、年配の先生たちのあいだでは、夜遅くまで音楽室に1人で残るのは避ける、という暗黙のことになってたんです。新任の私には、誰も先に言ってくれませんでした。

その夏のあいだ、私は放課後の譜読みを職員室でやるようにした。それきり、音楽室では何も見ていません。

私はその学校に3年いて、いまは別の中学校に異動になりましたけど、あの音楽室に夜遅くまで残ったのは、結局あの2回だけ。

あの子がいまもあの隅に立ってるのかどうかは、私には分かりません。

こっちにも、もうひとつ

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