嫁ぎ先の集落で言われた話
Vさん(仮名・35歳女性・関東の集落在住)の話。共通の知人を介して連絡をもらい、電話で1回、50分ほど話を伺った。仮名と地名ぼかし条件で承諾をいただいている。
これは絶対に他所に話してはいけない、と義母に言われた話なんですけど。もし読んで気分が悪くなったら、途中で閉じてください。
私はいま三十五で、結婚で田舎に嫁いで三年になります。実家は東京で、結婚前は都内で事務をしてました。
主人の家は、関東の山寄りの小さな集落です。組内が十軒くらいの古い土地。義父母と同居で、私は近くの工場へ週四のパート。お寺さんとのつきあいや組の寄合があって、嫁いだ最初の年は、それだけで一年が過ぎた気がします。
裏の竹藪
主人の家の裏に、古い竹藪があるんです。
家の裏口から田んぼ沿いを少し歩いた、集落のいちばん奥のあたり。誰の持ち物なのか、義父に聞いても、はっきりしません。組内の地面でもないらしくて、固定資産税の話にもならない、ということだけ義父は言ってました。
竹は手入れもされてなくて、笹が下まで降りてきて、外からは中が見えない。
嫁いで一週間ほど経った頃のこと。義母に台所で言われました。
裏の竹藪には絶対に入るな、と。落ちた筍を拾うのもだめ。笹の手前で立ち止まるのもだめ。
理由は教えてもらえません。義母は普段は穏やかな人で、私のことも丁寧に扱ってくれるんですけど、その時だけは目を合わせずに、いいから入らないでほしい、とそれだけ言いました。
そのあと、組内の集まりで、近所のおばあさんからも同じことを言われたんです。新しい嫁さんには一応話しておくね、という感じで、裏の竹藪にだけは近づかないように、と。
集落の人は子供の頃から親に言われて育つので、誰も近づかないらしいです。よその人間に教えるのは嫁ぎ先の家の役目、ということになってる、と聞きました。
義叔母さんの話
嫁いで一年目の秋に、義母から、義叔母さんの話を聞きました。
義叔母さんは主人の父の妹で、隣町に嫁いだ人。三十年ほど前、まだ若かった頃に、お盆で本家に帰ってきて、裏の竹藪に筍が出てるのを見て、入りかけたことがあるそうです。
あと三歩で笹の中、というところで、義母が気づいて呼び止めて、それで戻ってきた。
義叔母さんはその夜から熱を出しました。隣町の家に戻ってからも一月ほど寝込んだそうです。原因は分からない。医者にかかっても、風邪だろうと言われただけだったそうです。
義叔母さんはそれ以来、本家に帰ってくるときは、家の裏の方を見ないようにしてるそうです。
義母が私にこの話をしたのは、嫁いで一年経って、私が裏口の方に出る用事が増えてきた頃。前もって話しておく、という感じで。
サンダル
その冬の終わり頃、私自身も一度、おかしな夜がありました。
主人が出張で家にいない日で、義父母は隣の和室で寝てました。夜中の2時くらいに目が覚めて、台所に水を飲みに降りたら、裏口のガラス戸の方から、笹のこすれる音がします。
風のない夜。最初は猫か狸だろうと思いました。
ガラス戸の鍵を確認しに行きました。
鍵の前に立った時、自分の手がサンダルを履こうとしてるのに気づいたんです。
外に出るつもりはなかった。ただ鍵を見るだけのつもりだったのに、足の方が勝手に、裏口の三和土に降りてました。
その時、和室の引き戸が開いて、義母が立ってました。
義母は私の名前を呼ばずに、上がりなさい、とだけ言いました。
私はサンダルを脱いで、台所の椅子に。義母はそのままお湯を沸かして、お茶をいれてくれました。何も聞かない。ただ向かいに座っている。
三十分くらい経って、もう大丈夫だね、と言われて、寝室に戻った夜です。
翌朝の義母は、いつも通り。あの夜のことは、それから一度も話題に出ていません。
話さない、ということ
主人に聞いたことがあります。あの竹藪、何があるの、と。
主人は、俺も知らない、と言いました。子供の頃から入るなとだけ言われて育って、理由を聞いた友達が親に本気で叱られたのを見てから、聞くこと自体をやめたそうです。
知らないまま守る、というのが、この集落のやり方なんだと思います。
私もいまは、裏口から出るとき、竹藪の方を見ない。笹の音がする夜は、水を飲みに降りるのもやめました。
それでも時々、考えてしまうんです。
あの夜、義母はどうして、あのタイミングで起きてきたんだろう、と。