父が入院した病院の待合室にいた人の話

約6分
父が入院した病院の待合室にいた人の話
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Wさん(仮名・48歳男性・関東の私大職員)から電話で1回約50分ほど追加取材させてもらった。

これは4年前、父が入院していた頃の話なんですけど。

私は関東の郊外で公立小学校の担任をしてます。当時は26歳で、4年生の学級を持って3年目だった。

父はその年の春の健診で胃に影が出て、夏に胃癌が分かったんです。地元の市民病院から、隣の市の総合病院に転院することになった。手術と抗癌剤の入院が始まったのは8月の頭。

母は10年前に他界していて、妹は名古屋に嫁いでます。動けるのは私だけ。

担任を持っているので長期の有給は取れない。それでも放課後と休日は、できるだけ病院に行ってたんです。

2学期が始まってからは、授業のあと職員室の片付けを早めに済ませて、16時過ぎの電車で病院に向かう、という流れになった。

父の病室は東棟の7階。ナースステーションの手前に家族待合室があった。

10畳ほどの部屋に、長椅子が3脚と自販機と給湯ポットがあるだけ。

家族が術後の説明や点滴の交換を待つ部屋らしいんですけど、私はそこで仕事を広げて、テストの丸付けや学年だよりの下書きをやってる感じです。

その男の人を最初に見たのは、入院して1週間目の夕方だった。

私が待合室に入ると、入って右奥の長椅子に、男の人が1人で座ってます。

40代の後半くらい。グレーの薄いジャケットに、紺のスラックス、黒の革靴。

足を組んで、両手を膝の上で軽く重ねて、正面の窓の方を向いてる。雑誌を読むでもなく、スマホを見るでもなく、ただ座ってます。

私は会釈をして、反対側の長椅子の端に座った。男の人もこちらを見て、小さく頷く。

誰かの家族なんだろうな、と思いました。

手術前後はご家族が長く待つこともあると、看護師さんから聞いてます。その日はそれだけ。

次に行ったのが2日後の土曜日。

同じ時間帯に待合室に入ると、同じ男の人が、入って右奥の同じ位置に座ってます。同じグレーのジャケットで、足の組み方も、手の置き方も同じ。

私はまた会釈をして、反対側に座った。男の人もまた頷く。

気にし始めたのは、2週間目に入った頃なんです。

月曜の17時、水曜の18時、金曜の19時、と私の時間はばらばらなんですけど、行くたびに男の人が同じ位置に座ってます。

木曜は他の家族の方も待合室に何人かいて、長椅子が埋まることもあった。それでも男の人は必ず右奥の同じ場所にいるんです。

代休が入った火曜の昼間に行った日も、同じ。

長期入院のご家族が顔見知りになる、ということはあると思います。1ヶ月通っても、男の人とは会釈以上のやり取りはない。

何の家族なのかも、分からないままでした。

父の容態が良くなかったのは、9月の下旬からです。

抗癌剤が効かなくて、10月の頭に主治医から年内の話を聞いた。私は校長と教頭に事情を話して、引き継ぎの算段を始めたんです。

父は10月の終わりに亡くなりました。入院から3ヶ月弱。

葬儀は地元の斎場で、家族葬。妹夫婦と、父の兄である伯父、母方の叔父叔母、いとこが2人、合わせて10人ほどだった。

通夜のあと、控え室で食事を出してもらって、父の話をしてました。

伯父が、入院中の見舞いに何度か来てくれていて、その流れで待合室の話になったんです。

あの待合室にいつもいた、グレーのジャケットの男の人、覚えてるか。

伯父の方から、ぽつりとそう言ってきた。

私は箸を止めます。覚えてます、毎日いました、と答えました。

すると、隣に座っていた叔父も、ああ、と頷いて、あの人ね、と言った。

叔父は仕事の都合で土曜日に2、3度しか見舞いに来られなかった人なんです。それでも、土曜日のたびにあの男の人を見ていた、と言います。

いとこの1人が、誰の家族なのか看護師さんに確かめたことがある、と話し始めました。

返ってきたのは、そういう常連の方はいません、長くいらっしゃるご家族には必ず病棟から声をかけます、ということだったらしい。

それで、そういうものか、と思って、それ以上は踏み込まなかった、と言ってました。

4人が同じ男の人を、別々の日に、同じ位置で見ていた、ということになる。

誰1人、その人と話したことはない。家族同士でも今まで話題にならなかっただけなんです。

控え室の話はそこで別の話に移って、伯父は父の若い頃の話を始めた。

49日のあとに、私は半休をもらって、お世話になった病棟へ挨拶に行ったんです。

話の終わりに、東棟の家族待合室のことを、それとなく聞いてみた。

主任さんは少し考えて、首を振る。あの待合室を毎日使う方は、その時期はおられませんでした、家族の方が長くいらっしゃっていれば必ず病棟から声をかけます、と丁寧に説明してくれた。

誰だったのか、いまも分からない。父が亡くなって4年経ちます。

年度末の引き継ぎや、学年が変わって担任を外れる時期になると、ふと、あの右奥の長椅子の輪郭だけが頭に浮かぶ。

誰かの家族を待っていた、生きた人間だったのかもしれません。何かの目的があって毎日あの病院に通っていた、ということもありえると思います。

ただ、伯父も、叔父も、いとこも、私も、その人と一度も口をきかないまま、それぞれ別の日にあの位置の輪郭だけを覚えて帰ってきた、ということなんです。

授業の合間に、ふっと思い出すことがある。

子どもたちの宿題を見ながら、教室の右奥を一度だけ目で追ってしまうような感覚。

あの位置に長椅子はないんですけど、体だけが、なんとなく覚えてます。

こっちにも、もうひとつ

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