実家近くの公園、毎朝同じベンチで弁当の包み紙だけ広げて食べない高齢男性の話

約5分
実家近くの公園、毎朝同じベンチで弁当の包み紙だけ広げて食べない高齢男性の話
目次
  1. 在宅勤務と犬の散歩
  2. 最初に気付いたのは初夏
  3. 毎朝、同じベンチ、同じ動作
  4. 1か月続けて確信した
  5. 3か月目、犬同士が挨拶
  6. 5か月目、ベンチに花
  7. 8か月目、公園で奥さんと出会う
  8. 弁当を作る人
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Tさん(仮名・33歳女性・埼玉県在住の在宅勤務会社員)から届いた話。実家近くの公園で犬の散歩中に見続けた、毎朝同じベンチで弁当の包み紙を広げるだけで一切食べない70代男性の8か月間の観察記録。

管理人としては、住宅街の公園を舞台にした観察記録系の話は届く類型のなかでも質感の柔らかいものが多くて、Tさんからの取材も8か月間の観察日記を共有してもらいながら進めた。地名と公園名は完全伏字の条件で承諾いただいている。

在宅勤務と犬の散歩

Tさんは在宅勤務に切り替わって2年目。実家暮らしで、実家の柴犬(10歳・オス)の散歩を担当していた。毎朝7時半前後、家から徒歩5分の小さな公園まで散歩に行く。
公園には常連の散歩仲間が数人いる。柴犬を連れた70代男性、ミニチュアダックスを連れた40代女性、Tさん。あとは通学前の小学生がたまに。

最初に気付いたのは初夏

初夏のある朝、Tさんは公園の奥のベンチに座る男性に気付いた。
70代くらい、ベージュのジャンパー、グレーのスラックス、革靴。膝の上に小さな包みを置いて、ゆっくりと包み紙を広げている。
「最初は朝食を持ってきた方かな、と思いました。公園で朝ごはんを食べる年配の方は、たまにいらっしゃいますし」

毎朝、同じベンチ、同じ動作

翌日も、男性は同じベンチにいた。同じ服装、同じ時間(7時35分前後)、同じ動作で包み紙を広げる。
包みの中身は、おにぎり2個と卵焼きが入った小さな弁当箱。男性は包み紙を広げきると、弁当箱の蓋を開ける。そのまま10分ほどベンチで座っている。
でも、食べない。一口も。

「最初の数日は『これから食べるのかな』と思って見ていました。でも、毎朝『広げる→座る→閉じる→帰る』の流れで、口に運ぶ動作がないんです」

1か月続けて確信した

1か月、Tさんは犬の散歩のついでに、男性を観察し続けた。
男性は毎朝、必ずベンチで包みを広げ、弁当箱を開け、10分後に蓋を閉めて、包み直して、帰っていく。食べる動作は一度もない。

「弁当箱の中身は、毎朝新しく見えました。おにぎりの形が違うし、卵焼きの色も少しずつ違いました。誰かが毎朝作って持たせている、のかな、と」

3か月目、犬同士が挨拶

3か月目の朝、Tさんの柴犬と男性の柴犬がたまたま近づいて、お互い匂いを嗅ぎ合う形になった。
「『うちのは10歳でして』『うちは12歳です』と、犬の年齢の話を少しさせていただきました。男性はとても穏やかな方で、犬の話以外は特にしませんでした」

男性は名乗らず、Tさんも名乗らなかった。それ以降、朝の散歩で会えば会釈する程度の関係になった。

5か月目、ベンチに花

5か月目の朝、Tさんはベンチの脇に小さな花束(菊と白い小花)が置かれているのを見た。
男性はベンチに花束を置いたあと、いつもどおり包みを広げ、弁当箱を開け、10分後に閉じて帰っていった。花束はそのままベンチに残された。

翌朝、花束は別の場所に動かされていた。花束は3日ほどベンチの脇にあったあと、誰かが処分したのか、なくなった。

8か月目、公園で奥さんと出会う

8か月目の朝、Tさんは公園で初めて見る年配の女性とすれ違った。70代くらい、紫色のカーディガン、買い物袋を持っている。
女性はTさんの柴犬を見て、声をかけてきた。「あら、可愛らしいワンちゃん。うちの主人も柴犬を飼っておりまして」
立ち話のなかで、女性が公園のベンチを指して言った。「あちらのベンチに、毎朝、主人がお弁当を持って座っているはずですよ。亡くなった私の妹と、若い頃から毎朝あの公園で朝ごはんを取っていたみたいで」

女性によると、男性は実は男性自身の妻ではなく、若い頃に亡くなった妻の妹と一緒に通っていた公園、と話した。話の整理がつかず、Tさんは『妻の妹と毎朝?』と聞き返した。
女性は『はい、若い頃に妻の妹が体調を崩しまして、主人が毎朝送り迎えしていた公園です。妹はもうずいぶん前に亡くなったんですけど、主人は今でも毎朝、お弁当を持って通うんです』と。

弁当を作る人

女性は続けて『お弁当は私が毎朝作っております。主人が公園に持っていって、お供えのように広げて、持ち帰ってくる。家で主人が食べるんです』と話した。
「『公園では食べない、家で食べる』が30年以上続いている習慣だそうです。私は8か月、その『広げて食べない』部分だけを見ていました」

Tさんはそれ以降も犬の散歩で公園に通っているが、男性のベンチを見る目が少し変わった、と書いていた。男性は今も毎朝、同じベンチで包み紙を広げている。

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