朝の公園のベンチで会う女の人の話

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朝の公園のベンチで会う女の人の話
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Rさん(仮名・41歳女性・都内の人事職)から

これは去年の春先から夏にかけての話で、いまも上手く整理できてないんですけど、書いておこうと思います。

私は41歳で、都内の会社で人事の仕事をしてます。採用と労務の両方をひとりで回してる中堅どころの会社です。

一昨年の終わりに離婚して、いまは私鉄沿線の小さな1LDKで一人暮らし。離婚の理由は、あえて書かないことにします。書いても結局、相手のせいにする話になってしまうので。

離婚した直後の冬は家にいる時間が長くて、体重が4キロくらい増えました。

健保の切り替えやら役所の手続きやらが落ち着いて、生活がなんとなく回り始めた春先。私は近所の区立公園でジョギングを始めました。

土曜と日曜の朝6時から40分くらい走る。それを自分のルールにしてます。

平日は仕事で疲れてるので、起きられなくても自分を責めない。週末だけ、と決めたんです。

3月の終わり、近所のスポーツ用品店で一番安いジョギングシューズを買った。初日はちゃんと6時に起きて走りました。

久しぶりの運動で10分でへばって、あとはほとんど歩いてます。

それでも、家に帰ってシャワーを浴びると頭の中が軽くなる。だから翌週も、その次の週も続けました。

そのおばあさんに最初に気づいたのは、2ヶ月目くらいの5月の半ば。

公園の真ん中の池の北側、桜の木の下にベンチがある。そのベンチに年配の女性が一人で座ってました。

60代の半ばくらい。髪は短くて、薄手のグレーのカーディガンを羽織ってる。手提げのバッグを膝の上に置いて、池の方を見てる。

私が走り抜けるとき、視線は合いません。

翌週の土曜も、同じベンチに同じ姿勢。次の日曜も、その次の土曜も、同じ。

毎回、私が走り出して2周目に入る6時15分頃、必ずあのベンチにいます。

早起きの常連さんなんだろう、くらいにしか思ってませんでした。

6月に入った頃。私が2周目で前を通りかかったとき、女の人の方からおはようございます、と小さく声をかけてきたんです。

私も走りながら返しました。

その次の週末は、私の方から先に会釈。少しずつ、走り終わったあとにベンチの前で水を飲みながら、2、3言だけ話す関係になっていきました。

今日は涼しいですね、というような短いやり取り。名前も住所も聞いてません。私からも家庭の話はしません。

7月の最初の土曜の朝。

その日は走り終わって、ベンチの端をお借りして座らせてもらいました。

女の人がペットボトルのお茶を一口飲んでから、ふっとこちらを向いて言った。

あなた、ここに来るのは平日にもなる。

私は、土日の朝だけです、と答えました。平日は仕事で起きられないんです、と。

女の人は、そう、と頷いて、しばらく池の方を見てる。

それから、平日の朝にもね、似たような時間に走ってる人がいたのよ、と言いました。あなたによく似てる人で、と。

言われたとき、背中の汗が冷えていく感じがしました。

離婚した直後の12月から1月にかけての2ヶ月くらい。私は平日の朝にもこの公園を歩いてた時期があります。

走るのではなくて、ただ歩いて、池の周りを2周くらいして、家に帰る。それを続けてたんです。

眠れない夜が多くて、5時前に目が覚めてしまう日が続いてました。誰にも話してない時期。

女の人は、別の人なんだけどね、と続けます。あなたじゃない、似てるけど別の人、と。

それから、その人のことを話し始めました。

グレーのスウェットの上下で、白い帽子を目深にかぶってて、左の手首に細い時計をしていて、池の北側の道を反時計回りに2周だけ歩いて、最後にこのベンチの前で立ち止まって、しゃがんで靴紐を結び直してから帰っていく、と。

私が冬の早朝に着ていた服は、元夫が置いていったグレーのスウェットの上下。

白い帽子は、眠れない目を隠すために被ってました。腕時計は、結婚指輪を外したあと、左手首が落ち着かなくて新しく買った安物。

靴紐を結び直す癖は、当時の私の癖。膝が悪くて、2周歩くとほどけてくるのが分かっていて、必ずあのベンチの前で結び直してから帰ってました。

女の人は、池の方を向いたまま、別の人だけどね、と、もう一度言う。

声に変なところはありません。普通の年配の女性の、落ち着いた声。

私はお礼を言って、その日はそのまま家に帰りました。帰り道で、足がうまく前に出ません。

翌週からは、コースを変えたんです。同じ区内の別の小さな公園に切り替え、土日の朝の時間も7時に。

元の公園には、それ以来行ってません。あのベンチも見てない。女の人がいまもあそこに座ってるのかどうかは、知りません。

あの人が誰なのか、何なのか、私には分からない。

私の冬の朝を見ていた誰かが本当にいて、その話を別の言い方で伝えてくれたのか。よく似た別の女性のことを話していて偶然細部が一致しただけなのか。本当のところは分からないままです。

事件があったわけでもない。追いかけられたわけでもない。何かをされたわけでもありません。

ただ、誰にも話してない時期の自分を、他人の口から細かく説明された。それだけの話です。

それだけのことなのに、いまも書きながら指先が冷たくなってます。書きたかったから書いた。それだけです。

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