通勤路の角でいつも立ってる人の話

約6分
通勤路の角でいつも立ってる人の話
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Iさん(仮名・32歳男性・都内の広告代理店勤務)からSNSのDMで届いた話。DMで4往復ほど追加取材させてもらった。仮名と地名ぼかしを条件に承諾をいただいている。

これは去年の、自分の通勤路で見かけた人の話なんですけど。

自分は東京の郊外に建売の戸建てを買って、妻と子どもの3人で暮らしてます。

仕事はIT系のSE。独立系のSIerに勤めてます。コロナの前は客先常駐で毎日出社してたんですけど、最近は週2回の出社で、それ以外はリモートワークというのが定着してきました。

最寄駅まで家から徒歩15分の住宅街です。

家を出るのは大体7時半。住宅街の中の細い路地をいくつか曲がっていくのが最短ルートでした。

途中に小さな公園があって、その先のT字路の角に、築40年くらいの古い平屋が1軒あります。両側を建売の2階建てに挟まれた、前の世代の家がそのまま残ってる感じの平屋。

庭の松が伸び放題で、雨どいが少し外れかけてます。

その平屋の塀の前に、老人が立ってたんです。

最初に気づいたのは、出社日の火曜日だったと思います。

70代後半くらい、ベージュのジャンパーに、グレーのスラックス姿。手ぶらで、塀に背中をつけるでもなく、ただ路地の方を向いて立ってます。

会釈しようとしたんですけど、目は合いません。視線は自分のもう少し下。そこを見てるみたいでした。

最初はご近所の方かな、と思って通り過ぎたんです。

次の出社日も、同じ時間に同じ場所。同じジャンパーで。さらに次の出社日も、同じ。

雨が降った木曜日も、傘も差さずに同じ場所。スラックスの裾が濡れてました。

自分が通り過ぎる時、老人は顔を少しだけこちらに向けます。それでも目線は合わない。

自分が3歩ほど通り過ぎた頃に、後ろからじっと見てる気配がするんです。

一度だけ振り返ったら、たしかに視線がこっちを追ってました。それ以来、自分は振り返らないようにしてます。

気持ちが悪くなってきたのは、5月の連休明け。

台風並みに風が強い朝に出社する用事があって、自分はカッパを着て家を出たんです。

あんな天気でいないだろう、と思いながらT字路の角まで来たら、老人はいました。

同じジャンパー、同じ位置、傘も差さず。なのに髪は濡れていません。それが妙に引っかかりました。

その日から、自分は通勤ルートを変えたんです。家を出て南東の方に一度回り込んで、駅まで遠回りで歩く道。

15分が20分くらいに伸びるんですけど、そのT字路を通らずに済みます。これでもう見ないだろう、と思ってました。

新しいルートに変えて3日目の朝のこと。

細い坂を下ってコンビニの前の交差点まで来た時、向かいの自販機の横に、老人が立ってました。

同じジャンパーで。距離は30メートルくらい、顔ははっきり見えます。間違いなく、T字路の角にいた人。

視線は、自販機ではなくて、自分の歩いてくる方向に向いてました。

自分はそのままコンビニに入って、しばらく雑誌コーナーで時間を潰しました。10分くらい経ってから外を覗いたら、老人はもういません。

その日の出勤は遅刻ぎりぎり。

この話を、週末に妻にだけしたんです。妻は、ちょっとご町内で聞いてみる、と言ってくれました。妻は保育園の送り迎えで、ご近所のお母さんたちと話す機会が自分より多いんです。

その週の日曜日、ゴミ集積所の前で妻が隣のブロックのおばさんと長話。自分も少し離れたところで、雑草を抜くふりをして聞いてたんです。

妻が、T字路の角の平屋の前に老人が立ってる、ベージュのジャンパーで、と切り出すと、おばさんは少し黙ってから、ああ、と言いました。

あの人ね、似てる人がいたのよ、と。

おばさんの話だと、5年くらい前に、その平屋の2軒隣に住んでた方が亡くなったそうです。名前までは出てきません。

介護してた娘さんは家を畳んで遠くに引っ越して、その家はいま空き家とのこと。

生前、その方は朝の決まった時間に同じ場所に立つ癖があって、ご近所では有名だったらしいんです。徘徊ではなく、ずっと同じ場所。そこを、おばさんは何度も繰り返してました。

妻が、最近うちの主人が見てる人もそんな感じで、と言うと、おばさんは少しだけ笑って、似てるんでしょうね、と言いました。

それ以上は踏み込みません。亡くなった方ですよ、と断定する言い方ではなくて、似てる人がいる、というだけ。

自分も、それ以上聞いてもしょうがないと思いました。

その後、自分はまた別の道に変えました。3本目のルートです。

今度はバス通りまで一度出て、表通りを歩いて駅まで行く道。住宅街の路地を一切通らないルート。

これで見かけることはなくなりました。今のところは、です。

引っ越しは考えてません。家を建てたばかりで、ローンもこれからが本番なので。

あの老人が誰なのか、自分には分かりません。亡くなった方なのか、よく似た別人なのか、おばさんの記憶違いなのか、どれもありえると思います。

ただ、雨の日も台風の日も同じ場所に立ってる人を、ご近所の住民と呼べるのかどうか。それは、いまも答えが出てません。

3本目のルートに変えてから、もう半年以上経ちます。

出社日の朝に表通りを歩いてると、たまに横の路地の奥が気になって、つい目を向けてしまいます。何も見えない日がほとんど。

ただ、何度かに一度、奥の方に薄いベージュ色がちらっと見える時があって、その日は路地を見ないようにして、駅までまっすぐ歩くようにしてます。

こっちにも、もうひとつ

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