タクシーで何度も同じ客を乗せた話

約5分
タクシーで何度も同じ客を乗せた話
共有: X LINE

Oさん(仮名・58歳男性・個人タクシー運転手)の話。本人から直接連絡をもらい、何度かやりとりして話を伺った。仮名と地名ぼかしが条件。承諾済み。

これは、俺が個人タクシーをやってる時の話なんですけど。

俺は二十代の終わりに法人タクシーに入って、十年勤めてから個人の許可を取ったんですけど。それからずっと京都市内で流しをやってました。

営業区域は京都市と乙訓と宇治あたりまで。夜の10時から朝の5時くらいまでの深夜帯が中心です。

流しのルートは大体決まってて、四条河原町で客を降ろしたら烏丸を上がって、二条あたりで反応がなければ東山の方に流す。そういう組み立てを毎晩やってます。

実車率の良い夜と悪い夜があって、悪い夜は無線も鳴らない。回送のまま白川通を一人で走ったりしてたんですけど。

最初にその客を乗せたのは、もう七、八年前の夏だったと思います。

深夜1時ごろ、祇園の花見小路の入り口で手を挙げられたんです。

四十代の半ばくらいの男の人で、黒いシャツに紺のスラックス、革のショルダーを斜めにかけてました。顔色はあまり良くなくて、少し痩せてる。

行き先は西院の方で、住宅街の小さい交差点で降ろしました。料金は二千円くらい。

会話は二、三言。どこから来られたんですかと聞いたら、出張です、とだけ返ってきます。それで終わりでした。

普通の客やと思います。

二度目に乗せたのは、その年の秋の終わりごろ。

場所は四条烏丸の地下鉄出口の前で、時間は深夜の12時を少し回ったあたりでした。

客が後部座席に乗ってきて、行き先を伏見の方ですと言ったとき、俺はバックミラー越しに顔を見て、あれ、と思いました。

前に乗せた人やな、と。

同じ顔。痩せ方も、目の感じも、髪の分け方も、全部同じです。シャツは白でしたけど、革のショルダーは同じやつに見えました。

俺の方から、「前にも乗っていただきましたよね」と話を振ってみたんですけど、客は、いえ、「京都は今日が初めてです」と短く答えただけ。

それ以上は喋らずに、伏見の住宅街で降ろしました。

その時はまあ、人違いやろうな、と思って忘れることにします。

流しをやってると、似た顔の客は山ほど乗せます。一晩で十五人乗せて、一週間で百人近く。覚えてる方が珍しいんですけど。

だから自分の見間違いやと思って、その夜のうちに頭から出しました。

三度目は、年が明けた次の春のこと。

場所は北山通の方で、時間も少し早くて夜の10時くらい。手を挙げて乗ってきたのが、また同じ顔の男でした。

今度はベージュの薄いコートを着てます。革のショルダーはなし。

俺はもう何も聞きませんでした。行き先を確認して、ただ運ぶだけ。

降りる時、料金を払いながら、ありがとうございました、と言われます。声も同じでした。低くて、少し掠れた声。

そこから二年くらいの間に、俺は同じ顔の客を、たぶん五、六回乗せました。

場所は毎回違います。祇園、烏丸、北山、出町柳、五条、京都駅の八条口。時間も季節も服も違うんですけど、顔は同じ。

客の方は毎回、初めて乗ったような顔をしてました。

途中から俺は、確かめるのも怖くなって、何も聞かないように。降ろしたあとは、そのまま回送にして、しばらく走ってから流しに戻すようにしてたんです。

四年前のことですけど、俺は事情があって広島の方に移りました。

嫁の実家のことで、京都の営業権を一度返して、向こうで個人の許可を取り直してます。

広島市内は流しの感じが京都とはだいぶ違って、紙屋町と八丁堀のあたりがメイン。流川の繁華街が深夜帯の稼ぎ場らしい。

最初の半年は土地勘もなくて、ナビばかり見てました。京都の話は、あちらの同業の人ともしません。

広島で流しを始めて一年ちょっと経った頃、流川で客を拾いました。

深夜の2時近く、よれたスーツの男の人が乗ってくる。後部座席に座ると、行き先を西区の方ですと低い声で言いました。

俺はバックミラーを見ます。

同じ顔。京都で何度も乗せた、あの男でした。

少し白髪が増えていて、頬が前より痩けてます。それ以外は同じ。革のショルダーは、なし。

俺は何も聞かずに、ただメーターを倒して走り出します。

途中で一度、「前にどこかで会ったことありますか」と聞いてみました。客は窓の外を見たまま、いいえ、広島は地元です、と。

声は、同じでした。

降ろしたのは、西区の小さなマンションの前。料金を払ってもらって、ありがとうございました、と言われて、それで終わり。

あの客が誰なのか、何なのか、俺には分かりません。

京都と広島で、同じ顔の人間を別人として何度も乗せただけ、という話。本人がそうやって生きてるだけかもしれません。

たまたまよく似た人を、たまたま俺ばかり拾ってるだけかも。

説明はできないですし、信じてもらえなくていいです。

ただ、二十年以上この仕事をしてきて、こんなことは他に一度もありませんでした。書きたくなったので書いた。それだけです。

こっちにも、もうひとつ

出張先の小料理屋で会った常連の話

次の話を読む →