事故が多いと言われる交差点の、事故が一件も無い統計
Oさん(仮名・45歳男性・中部地方の市役所勤務)からメールで届いた話。メールで5往復ほど追加取材させてもらった。仮名と市名を伏せる条件で承諾をいただいている。
以前、市役所で交通安全の担当をしてました。
信号や標識の要望を受けて、県警や道路管理者に繋ぐ仕事です。統計を扱うことも多かったです。
担当していた頃に、よく声が来る交差点がありました。
市街地の外れにある十字路です。信号はありません。どちらも二車線で、片方に一時停止の標識が付いています。
とにかく危ないと言われてました。
自治会からも要望が来ますし、個人の電話もありました。年に何件も来ます。あそこは事故が多いから信号を付けてくれ、という内容でした。
言い方も似てました。
あそこは昔から事故が多い、と。何件かは聞いていないんです。多い、という言い方でした。
要望が来ると、まず統計を見ます。
人身事故の発生件数は、県警がまとめたものを市も持ってます。地点ごとに出せます。信号設置の要望を出すときの根拠になるので、必ず確認する手順でした。
五年ぶん出しました。
その交差点の人身事故は、ゼロ件でした。
物損も見ました。
物損は統計の扱いが違うので全部は拾えないんですけど、こちらも目立った数字は出てきません。市内の他の交差点と比べて、少ないほうでした。
正直、拍子抜けしました。
これだけ言われてるのに、数字が無い。信号を要望する材料にもならないわけです。
周辺も見ました。
交差点の前後、それぞれ二百メートルくらいまで広げても、件数は増えませんでした。
それで一度、回答を出しています。
自治会には、事故の発生状況からは信号設置の基準を満たさない、という内容で返しました。基準は県警のほうで決まっているので、市の一存では動かせません。
納得はされませんでした。
数字はそうかもしれないが、危ないものは危ない、と言われました。それはそうだと思います。数字は起きたことしか数えないので。
その後、別の資料を見る機会がありました。
ちょうどその頃、車の走行データを使った分析が出回り始めてまして。急ブレーキがどこで踏まれているかを、地図の上に点で出せるものです。
市内ぶんを取り寄せました。
信号や標識を検討するときの参考資料としてです。役所が買うものではなくて、県から共有されたものだったと記憶しています。
その交差点に、点が集まってました。
正確には、交差点そのものではありません。一時停止側の、手前八十メートルくらいの区間でした。
市内で一番多かったです。
他の交差点と比べても、突出してました。件数の桁が違います。
説明はつくと思うんです。
その区間は、緩い下り坂で、右側に土手があります。見通しが悪い。カーブもゆるく入ってます。停止線が見えるのが遅くて、慌ててブレーキを踏む人が多い、という理由なら分かります。
資料にもそう書きました。
見通しと勾配が原因と推定される、という形です。因果関係までは分かりません。
対策は入れました。
カーブミラーを一本増やして、路面に停止の表示を大きく描きました。信号は付いていません。基準を満たさないままなので。
要望は減りました。
その年から、あの交差点の話はほとんど来なくなりました。担当を離れる頃には、年に一件あるかどうかでした。
ただ、その後の資料も一度見てます。
異動してから、前の課の後輩に頼んで見せてもらいました。対策から二年後の分です。
急ブレーキの件数は、減ってませんでした。
ほぼ同じです。市内で一番多いままでした。
たまたまだと思います。
点の集まりは、通る車の数にも左右される。あの道は抜け道として使われてるので、交通量は多いんです。
それでも、事故は今もゼロだと聞いています。