除雪の朝に何度か見た足跡の話
Gさん(仮名・48歳男性・東北地方の道路維持会社で除雪オペレーター)から届いた話。本人から直接連絡をもらい、電話で1回、約40分。仮名と地名ぼかしを条件に承諾をもらった。
これは俺が東北で除雪車に乗ってる話なんですけど。
俺は48で、地元の建設会社に20年。夏場は道路の補修や舗装の現場ですけど、11月の終わりから3月いっぱいは除雪専属に切り替わるんです。
担当は町境を越える国道の峠区間。上り下り合わせて12キロくらいの長い坂道です。
冬の朝は4時前に会社を出る。明るくなる前に1往復しておく、というのが俺の決まりなんです。
グレーダーで轍を均して、必要なところはロータリーで雪を飛ばす。通学のバスが通る7時前までに路面を出しておくのが、俺の仕事です。
その峠は、昔から事故の多い場所。長い下り勾配のカーブが続いていて、夏場でもスリップ事故がたまにあります。冬は路面が凍るぶん、もっと多い。
俺がこの仕事を始める前にも、後にも、何件か亡くなった人が出てる。そういう話は地元では聞いてます。
会社の事務所には事故の場所をマークした地図が貼ってあって、その峠の中ほどのカーブのところに、印が3つ重なって付いてるんです。
その足跡を最初に見たのは、12、3年前の1月の朝でした。
前夜から雪が降り続いていて、明け方にようやく止んだところ。俺は4時に会社を出て、峠の上り口から除雪を始めました。
路面はまだ誰も通ってないので、轍もない。新雪が30センチくらい積もってる状態で、ヘッドライトを上向きにして、ゆっくり上っていきました。
峠の中ほどのカーブにさしかかった時。ヘッドライトの光が右側の路肩の雪原を一瞬照らしたんです。
そこに、足跡が一筋。
山側のガードレールの外から、雪原を斜めに横切って、車道の方へ続いてます。
歩幅はそんなに広くなくて、たぶん大人の男の人くらい。長靴ではなくて、普通の靴のような形でした。深さもそれなりで、新雪を踏み抜きながら歩いた感じなんです。
俺は除雪車を1回止めました。
こんな夜中にこの峠を歩いて越える人間はまずいない。事故か、遭難か、そのどっちかだと思ったんです。
無線で会社に連絡してから、車を降りて路肩まで歩く。足跡は確かに山側から車道に向かって続いていて、路肩のあたりで一度止まって、それから車道の方に出てます。
車道の上は、俺が来るまで誰も通ってない。雪の上に足跡の続きはありませんでした。
あのまま車道を歩いていれば、新雪に跡が残るはず。轍を歩いたわけでもない。轍はまだないんですから。
俺は懐中電灯で前後を照らしました。下りにも上りにも、足跡はない。
山側を見ても、来た跡だけしか見えません。車道に出たところで、人がいなくなってる。そういう風にしか見えないんです。
俺は念のため警察と消防に通報しました。
夜が明けて、警察と消防が来て、ガードレールの外まで見回ってくれたんです。誰もいない。落とし物もなくて、車も停まってません。下のカーブまで歩いて確認してもらったんですけど、足跡はその一筋だけ。
最後は、誰かが峠を歩いて越えようとして途中で引き返したんじゃないか、ということで処理されました。引き返した跡はなかった、というのは、報告書の段階で抜け落ちたみたいなんです。
その冬のうちに、俺は同じ峠の別のカーブで、似た足跡をもう一度見ました。場所は違うんですけど、出方は同じ。
山側のガードレールの外から斜めに雪原を横切って、車道のところで途切れてます。その時はもう通報しませんでした。
そこから今までの12、3年で、俺があの峠で見た同じ種類の足跡は、たぶん10回以上。多い年で3回、少ない年でも1回。
場所は峠の中ほどから下のカーブにかけてのどこかで、毎回少しずつ違うんです。歩幅も深さもだいたい同じで、車道に出るところで途切れる。その形だけが共通してます。
雪の状態が良くて足跡がはっきり残ってる朝にしか分からない。それも分かってきました。吹雪の翌朝に多いんです。
同じ峠の別の時間帯を担当してる先輩運転手にも、一度だけこの話をしてみたんです。12月の安全講習のあと、休憩室でコーヒーを飲んでた時。
先輩は、ああ、と短く言って、紙コップを置きました。別の年の朝に同じ場所で同じような足跡を見てる、ということでした。
「車道の上で消えてたな」と先輩は言ったんです。それ以来、その区間ではあえて路肩の雪原を見ないようにしてる、とも。
地元の年寄りには、酒の席で一度だけ聞いてみたことがあります。あの峠で歩いて何かあった人がいたんですか、と。
年寄りは少し黙ってから、「昔は猟師がよくあのへんで道を外したらしい」とだけ。それ以上は話したがりません。
事故の話とは結びつけずに、あの峠は冬に歩いてはいけない、という言い方をしてました。
俺はいまも同じ区間を担当してます。今年の冬も、もう2回。1月の半ばと、2月の頭でした。
場所は中ほどのカーブと、その少し下。両方とも、山側から車道に向かって一筋だけ続いて、車道の上で途切れてます。通報はしませんでした。
この話を息子にしたことはありません。家を出てから雪国には住んでないので、伝える機会もない。会社の若手にも話してません。話しても、笑われて終わりだと思います。
出動のたびに、ヘッドライトの光が路肩の雪原を一瞬なめる。何もない朝の方が多いです。何もない方が、いい朝。そう思ってます。