実家の町内会の回覧板、順路の10番目に家が無い話
Kさん(仮名・38歳男性・北関東出身、現在は都内在住の会社員)からメールで届いた話。半年ほどかけて7往復ほど追加取材をさせてもらった。仮名と地名ぼかしを条件に承諾をいただいている。
実家の町内の、回覧板の順路の話です。怖い話なのかどうかは自分でも分かってません。ただ20年以上そのままなので、一度どこかに書いておきたくて連絡しました。
僕の実家は北関東で、県庁所在地から車で40分くらいの住宅地にあります。昭和40年代に造成されたところ。区画がきれいに揃ってて、坂もない。
町内は14軒です。
子供の頃、回覧板を次の家に届けるのが僕の役目でした。母に「これ、お隣ね」と渡されて、サンダルを引っかけて出る。小学校に上がった頃から中学の途中まで、ずっとやってました。
回覧板のバインダーの表紙の裏に、順路表が貼ってあります。名字が縦に14個並んでて、矢印で順番が書いてある。うちは上から9番目。
で、10番目の家に持っていくわけですけど。
そこ、家がないんです。
ブロック塀と、門柱みたいなのだけ残ってて、中は草が伸びてる。僕が物心ついた頃にはもうそうでした。
門柱の横に木の箱が打ち付けてあります。みかん箱を小さくしたような、板を組んだだけの箱。そこに回覧板を入れる。
母には「◯◯さんちの箱に入れといて」と言われてました。名字はここでは伏せますけど、順路表にもその名字がちゃんと書いてあります。
入れて帰る。翌日には無くなってる。
子供なんで、別に何とも思ってません。むしろ楽な家でした。インターホンを押さなくていいし、犬もいない。
一つだけ覚えてるのは、箱の中がいつもきれいだったこと。塀の内側は草だらけなのに、箱には落ち葉も虫も入ってませんでした。
中学の途中で塾に通い始めて、回覧板は妹の役目になりました。僕は高校を出て東京の大学に行って、そのまま就職。実家に帰るのは年に1回か2回くらい。
父が体を悪くしたのが2019年で、2021年に亡くなりました。母が一人になったので、そこからは月に1回は帰るようにしてます。
帰ってた土曜の午前中に、回覧板が回ってきた。
母が「お願い」と言うんで、20年ぶりくらいに僕が持っていきました。
順路表を見たら、まだ同じでした。10番目の名字も、そのまま。
門柱もそのまま。箱もそのまま。板は少し反ってましたけど、割れてはいない。
さすがに気になって、家に戻ってから母に聞きました。
母は「あそこは昔からああいうものだから」と。誰が住んでるのか、と聞いたら「住んでないよ」と言われて、じゃあ何で回すのか、と聞いたら、少し考えてから「回すことになってるから」と答えました。
それ以上は突っ込んでません。
父についても聞いてみました。町内会の役員をやってた時期があるので、何か知ってるんじゃないかと思って。母の答えは「お父さんも同じこと言ってたよ」でした。回すことになってるから、と。
次に帰った時に、町内会長のTさんのところに行きました。当時74歳で、会長を30年近くやってる人です。
Tさんは順路表について、自分が引き継いだ時からこれだった、と言いました。
「前の会長さんに一度だけ聞いたことがある。そこはそのままでいい、と言われた。理由は聞いてない」
前の会長さんは2013年に亡くなってます。ご家族はもう町内にいません。
Tさんは、順路表の原本は自分の家にある、と言って、見せてくれました。ワープロで打ったものをコピーした紙で、角が黄色くなってた。日付は入ってません。
その紙にも、10番目の名字が入ってます。
ついでに、回覧板が一周するのにどれくらいかかるのか聞いてみました。Tさんは班長のノートを出してきて、だいたい4日から5日、と。
ただ、うちから11番目のSさんに渡るところだけ、いつも丸1日かかってるそうです。ほかの家は当日か翌朝には次に回る。そこだけ、必ず一晩挟む。
次に、順路で11番目にあたるSさんの家に行きました。60代の女性で、母とも付き合いのある方。
Sさんは、朝起きると玄関前の傘立てのところに回覧板が立ててある、と話してくれました。
誰が置いてるのかを見たことは、ない、と。
「見たことないわねえ。気づいたら置いてあるのよ」
何時頃にはあるのか聞いたら、6時前にはもうある、と言われました。Sさんは5時半に起きて洗濯機を回す人なので、その時点で確認できてるらしいです。
Sさんはそのことを不思議に思ってないみたいでした。ずっとそうだから、で終わり。
それから市役所に行きました。資産税の窓口だったか、都市計画のほうだったか、正直そこは記憶が曖昧です。地番だけ伝えて、公図と登記を閲覧させてもらった。
土地の所有者は、登記の上ではちゃんといます。県外の住所でした。
家屋は昭和50年代に取り壊されてます。滅失の登記も入ってた。
固定資産税は納付されてる、というところまでは窓口の人が教えてくれて、それ以上は個人情報なので、と言われました。
手紙を出そうかとも思いました。ただ、書き出しをどう書けばいいのか分からなくて、結局出してません。
2023年の秋に、一度、見張ってみたことがあります。
実家に車で帰った夜、門柱が見える路肩に車を停めて、そのまま中で待ちました。回覧板を箱に入れたのが夜11時。
午前2時頃に、犬を散歩させてる人が通りました。その人は箱のほうを見てもいません。
そのあと、たぶん4時前に寝てしまって、起きたら5時20分でした。箱は空。
情けない話なんですけど、本当にそうなので、そのまま書いておきます。
翌月にもう一度やりました。今度はコンビニで缶コーヒーを2本買って、車の中で。
午前3時15分に、うしろの道を車が1台通りました。ヘッドライトが正面から入ってきて、まぶしくて目を細めた。10秒か20秒くらいだと思います。
そのあと箱を見たら、回覧板は無くなってました。
車のドライブレコーダーも確認したんですけど、うちのは前方しか撮ってないタイプで、箱は画角に入ってません。
妹にも聞きました。今は隣の県。
妹は、あの箱の中を1回だけ見たことがある、と言いました。
中学の時、回覧板を入れようとしたら、前の回覧板がまだ入ってたそうです。つまり箱の中に2冊。
妹はそれを持って帰って、母に見せた。母は「戻してきなさい」と言ったので、妹は戻しに行った。
翌日には無くなってたそうです。
妹はその話を今まで誰にも言ってない、と言ってました。母も覚えてないみたい。
小学校の同級生で、順路の8番目の家のNというやつがいます。僕の1つ前、つまりうちに回覧板を持ってくる家。
Nに聞いたら、彼の家では、たまに順番を飛ばして直接11番目のSさんのところに持っていってた、と言いました。お父さんがそうしてたらしいです。
理由は聞いてない、と。Nのお父さんはもう亡くなってます。
ただ、飛ばした時でも、翌朝には箱の中に回覧板が入ってた、とNは言いました。登校する時に横を通るから、見えるんだ、と。
その話を聞いてから、僕はNに二度ほど確認を取り直しました。記憶違いじゃないのか、と。Nの答えは変わりませんでした。
2025年の春の町内会の総会で、引っ越してきたばかりの若い方が、あの家はもう無いんだから順路から外しませんか、と言ったそうです。
その場は「検討します」で終わって、それきり。
順路表は今も同じです。
母は今も実家に住んでます。僕は月に1回帰って、回覧板が回ってきたら箱に入れる。
入れて帰る。翌日には無くなってる。
誰が持っていってるのかは、分かってません。Sさんの家に誰が置いてるのかも、分かってません。
何かが住んでる、みたいな言い方はしたくないです。町内の誰かが気を利かせてやってるだけかもしれないし、その可能性のほうが高いと思ってます。
ただ、だとしたら30年以上、順路表が変わらないまま、誰かがずっと同じことを続けてることになる。
それを町内の誰も知らない、というのが、どうにも収まりが悪い。
今度帰ったら、Tさんにもう一度聞いてみるつもりです。
それだけの話です。