八王子城跡をひとりで歩いていたら、半歩遅れの足音と大勢の気配にはさまれた話
Yさん(仮名・31歳男性・会社員)から、知人を介して聞いた話。心霊が目的だったわけではない、と何度も言っていた。
自分は、戦国時代の城が好きで、休みの日によく城跡を見に行きます。石垣を眺めたり、縄張りを歩いたり。
その日に行ったのは、東京の八王子城跡。
城好きのあいだでは、石垣がよく残っていることで知られた場所です。
昔、落城したお城の跡です。今はハイキングコースとして整備されている。心霊スポットとしても知られているらしい、というのは、あとで知りました。
平日の午前中で、ほかに登っている人はいません。
本丸跡のほうへ、山道を登っていきます。木が深くて、昼でも薄暗い。空気が、ひんやりしていました。
6月の、よく晴れた日。なのに、その山道だけ、妙に涼しかった。
登り始めて、しばらくして。
後ろで、ザッ、ザッ、と、下草を踏む音がしました。
ほかの登山者かと思って、道を譲ろうと振り返る。誰も、いない。
気のせいか、と歩き出すと、また聞こえます。ザッ、ザッ。
自分が止まると、止まる。歩くと、歩く。
しかも、自分の足音より、いつも半歩だけ、遅れている。
早足にしても、その半歩は、変わらずついてきました。
走ろうか、とも思いました。でも、走ったら相手も走る気がして。それだけは、したくなかった。
本丸跡に着くと、その音は、止みました。
曲輪の石垣だけが残っていて、しんとしている。風も、ない。
記録に写真を撮ろうと、スマホを出しました。カメラを起動して、構える。
画面が、真っ暗でした。
電池は半分以上あるのに、何も映らない。さっきまで、ふつうに使えていたのに。
気味が悪くなって、来た道を下り始めました。
そうしたら、今度は、前から来るんです。
大勢の、人の気配。
声は聞こえません。でも、たくさんの人が、自分の横を、次々とすれ違っていく。左右から、風みたいに。
誰の姿も、見えない。
すれ違うたびに、肩のあたりが、すっと冷える。人混みを、逆向きにかき分けているみたいでした。
足を止めずに、麓まで一気に降りました。
下まで来て振り返ると、山は、ただ静かでした。
スマホを見たら、何事もなかったように、ふつうに動く。
充電は、ほとんど減っていませんでした。あの数分だけ、映らなかった。
あのあたりは、昔から色々言われている場所らしい。あとで、知人にそう聞きました。
詳しいことは、調べていません。なんとなく、調べないほうがいい気がして。
城は今も好きです。でも、あの城跡にだけは、それきり行っていません。