磯釣りに通ってる岬で何度も見た人の話
Fさん(仮名・46歳男性・関東の建設会社で現場監督)から、サイトの体験談フォーム経由で届いた話。2026年2月に最初の投稿があり、その後メールで3往復、追加で取材させてもらった。仮名・地名のぼかしを条件に、掲載の承諾をもらっている。
これは自分が磯釣りに通ってる岬で、何度か見た人の話なんですけど。
自分は38で、都内のメーカーで営業をしてます。家は神奈川で、嫁さんと小学生の子どもが2人います。
趣味は磯釣りで、20代の半ばから続けてます。月に2回くらい、土曜の夜中に車を出して、伊豆の方の地磯に入るんです。
狙いはメジナとヒラスズキで、季節によって場所を変えます。タックルは磯竿の1・5号、道糸はナイロンの3号、ハリスはフロロの2号、というのが自分の基本の組み方です。
通ってる磯のひとつに、伊豆半島の南東側にある地磯があります。
岬の付け根に当たる場所で、観光地として知られてる断崖の岬の北側に回り込んだところです。
岬の本体は遊歩道の終点で柵が立ってますけど、その手前の集落から海沿いに細い踏み跡を20分くらい降りていくと、釣り人だけが入る磯場に出るんです。
地元のベテランから教わった場所で、平日は誰もいません。週末でも先客が1人いるかどうか、というくらいです。
その磯に最初に入ったのは、たぶん8年か9年前です。先輩のアングラーに連れて行ってもらったんです。
日の出の1時間前に車を停めて、ヘッドライトをつけて踏み跡を降りるんですけど、海面に出た頃にはちょうど東の空が薄く明るくなり始めます。
潮回りが良ければ、コマセを撒いて2、3投目で当たりが来ます。場所自体はいい磯です。
その磯の右奥に、テトラが組まれてる手前の岩陰があるんです。
大きめの岩が2つ重なってて、人が1人立てるくらいの隙間があります。
自分があの岩陰の人を最初に見たのは、2回目に入った日の朝です。
竿を出して30分くらい経った頃、ふと右側を見たら、岩陰に人が立ってました。
朝もやが少し残ってて、輪郭はぼやけてました。男か女かもはっきり見えません。
釣り具は持ってない感じで、こちらに体を向けて、ただ立ってるだけ。
先客がいたのかな、と思って、自分は軽く会釈しました。返事はありません。動きもありません。
気まずくなって、自分はそのまま竿に視線を戻したんです。
3分か5分くらい経って、もう一度右を見たら、岩陰には誰もいません。踏み跡を上っていく音もしません。
磯場は石が動くので必ず音がするはずなんですけど、何も聞こえません。
先輩は左の方で釣ってて、何も気づいてないみたいでした。
自分はその時、変だな、と思っただけで、それ以上は気にしませんでした。
次にあの岩陰に人を見たのは、半年くらい後の春先です。
同じ磯に1人で入って、同じ位置にコマセを撒いてた朝でした。
前と同じ岩陰に、同じ立ち方で人がいたんです。
輪郭がぼやけて見えるのは、朝もやのせいだと自分はその時もそう思ってました。声をかけてみました。先客でしたか、と。
返事はありません。立ち姿勢のまま、こちらに体を向けてるだけ。
自分はそこで初めて、何かおかしい、と感じました。
竿を畳む準備をしながら、もう一度ちらっと見たら、岩陰には誰もいません。テトラの方にも、踏み跡の方にも、人影はないんです。
海の引きが強い時間帯で、波の音以外は何もしません。
その日は早めに上がりました。車に戻って、地元の釣具屋に寄って、店主に岬の北の地磯のことを聞いてみたんです。
店主は自分の顔をしばらく見て、それから、あそこの岩陰のあたりだろう、と先に言ってきました。
自分は何も言ってないのに、岩陰の話だと分かってます。
あの磯に通ってる客で、何人か似たことを言ってる人がいる、という話を、その時に初めて聞いたんです。
岬本体の方が自殺の名所として知られてるのは、自分も前から聞いてました。年に何件かある、というのは地元では普通に話に出る話らしいです。
ただ、地磯はそこから少し離れていて、直接その話と結びつけて考えたことは、それまでなかったんです。
店主は、そういうことかどうかは分からない、とも言ってました。
ただ、岩陰に人が立ってるのを見たという客が、何年か前から少しずつ出てる、というのが店の中での共通認識になってる、と。
そこから自分は、その磯に入る回数を少しだけ減らしました。
それでも年に3、4回は通ってます。岩陰に人が立ってる朝もあれば、立ってない朝もあります。
立ってる朝の方が、少しだけ多いような気がします。気のせいかもしれません。声をかけることは、もうしてません。
去年の秋に、1緒に磯釣りをやってる釣り仲間の1人を、初めてあの磯に連れて行ったんです。
仲間は40代の男で、自分より釣り歴の長い人です。
日の出の前に2人で踏み跡を降りて、自分はいつもの位置、仲間は左の張り出しに入りました。
30分くらい経った頃、仲間がこちらに歩いてきて、右の岩陰に誰かいる、と小声で言ったんです。
先客いたのか、と聞かれて、自分は黙って首を振りました。仲間はそれで全部察したみたいでした。
その日はそのまま2人で上がって、車に戻ってからも、磯の話はしません。
帰りの道で、仲間がぽつりと、潮も悪かったしな、と言いました。自分も、そうですね、とだけ返したんです。
あの磯には、いまも年に何回かは入ります。
岩陰の方は、最初に視界に入れて、人が立ってたら竿は出さずに別の磯に移る、というのを自分のルールにしてます。
釣り場としてはいい場所なので、できれば通い続けたいんです。
仲間とはあれから一度も、あの磯の話はしてません。誘うこともありません。お互いに、分かってるんだと思います。
― 取材記録 ―
受け取り日
2026年2月(投稿フォーム経由)
追加取材
メールで3往復
掲載許可
仮名・地名ぼかし条件で承諾
編集
磯場の所在地・岬名・漁協名を本人の希望で伏字。本筋は手を加えていない
― 三人のひとこと ―
チヨ朝もやの磯場、岩陰に立つ人。あれはね、釣り人にしか見えない決まりなんだよ。
この話、どうだった?