コンビニ夜勤で半年通ってきてた男の話
Aさん(仮名・26歳男性・都内のチェーンカフェ勤務)から、サイトの体験談フォーム経由で届いた話。2026年4月に最初の投稿があり、その後メールで3往復、追加で取材させてもらった。仮名・地名のぼかしを条件に、掲載の承諾をもらっている。
これはコンビニのバイトの話で、2年前くらいの話なんですけど。
当時、私は22歳で、専門を中退してから1年ちょっと、フリーターをやってたんです。
昼の仕事が続かなくて、結局たどり着いたのが深夜のコンビニ。場所は首都圏のターミナル駅から歩いて5分くらいの路面店で、駅から繁華街に抜ける1本道の途中にあります。
シフトは週4で、22時から朝7時までの夜勤専属。深夜帯は基本ワンオペで、店長が23時頃に上がってから朝5時の早番までひとりです。
そのお店は深夜の客足が変則的でした。終電あとの1時前後にどっと酔っ払いの波が来て、2時前にいったん引きます。
2時から4時くらいまでが、いちばん静かな時間帯。弁当の検品、廃棄まとめ、レジ周りの掃除はだいたいこの時間にやってました。
その人を初めて意識したのは、夜勤に入って2週間目くらいのことです。
2時を少し回った頃に自動ドアが開いて、男の人が入ってきました。
30代の後半くらいで、黒っぽいスーツを着て、ネクタイは外してます。無精髭が顎の下に残ってて、髪は寝癖というよりは、汗で乾いた感じの跡がついてる感じ。
会社帰りにしては時間が遅すぎるし、飲み会帰りにしては酒の匂いがしません。
男の人は、まっすぐ酒のケースに歩いて、ワンカップの日本酒を1本取って、おにぎりの棚で鮭のおにぎりを1個取って、レジに持ってくる。
お会計の間、1言も話しません。私が、420円です、と言っても、いらっしゃいませ、と最初に言っても、何の反応もありません。
財布から1000円札を出して、お釣りを受け取って、レシートはいらないという感じで首だけ振って、袋を持って出ていきました。
変なお客さんだな、と思いました。深夜のコンビニにはいろんな人が来ます。1人くらい無口な人がいても、特に怖くはありません。
気になったのは、その次の日も、ほぼ同じ時刻に、同じ男の人が、同じ買い物をしていったことなんです。
ワンカップ1本と、鮭のおにぎり1個。現金で、無言で、レシートいらずで。
3日目も来ました。4日目も。
1週間目で、これはもう常連なんだと理解したんです。
私は新人だったので、最初は世間話のつもりで、いつもありがとうございます、と言ってみたんですけど。男の人は、こちらを見ずに、釣り銭を受け取って袋を持って出ていきます。
聞こえてないのか、無視してるのか、判別がつきません。それから私も、声をかけるのをやめました。
そのパターンが、半年続いたんです。
シフトの曜日を動かしても、私が入る夜には必ず男の人が2時前後に来ます。買い物の中身は、半年間まったく変わりません。
ワンカップ1本と、鮭のおにぎり1個。台風の日も、雪の日も、年末も、です。
異変があったのは、半年経ったくらいの夜なんです。
他のお客さんがほとんどなくて、2時10分頃に男の人がいつも通り入ってきました。いつも通り、酒のケースの前を経由して、おにぎりの棚に寄って、レジに来ます。
バーコードを通して、420円です、と言いました。
男の人が、レジの上に手をついて、私の名札の方をじっと見てから、口を開いたんです。
それまで半年、一度も声を聞いたことがありません。
男の人は、私の名字を、フルネームでもう一度、ゆっくりと読み上げます。下の名前まで、なぜか知ってました。
名札に書いてあるのは名字のカタカナだけです。下の名前は、シフト表とタイムカードと連絡ノートにしか書いてません。
私は何も言えなくて、お釣りを差し出すだけ差し出しました。
男の人は、お釣りを受け取って、袋を持って、いつも通り出ていきます。最後に振り返ることもしません。
その夜、5時の早番でカナさんという40代の主婦の先輩が来た時に、私はその話をしました。
手が少し震えてたので、最初は廃棄の話をしてるみたいなトーンで切り出して、途中から本題に入ったんです。
スーツで無精髭の30代の男、いつも2時頃、ワンカップとおにぎりの鮭、半年通ってきてる、今日初めて口を開いてフルネームで呼ばれました、と。
カナさんは、レジの中で在庫表を書いてた手を止めて、しばらく黙ってます。
それから1言だけ、その人のことは、もう話さない方がいいよ、と言いました。
カナさんも、別の店舗で同じことをやられたことがあったらしいです。ターミナルを挟んで反対側にあった同じチェーンの夜勤で、10年近く前のことだそう。
詳しくは話してくれません。話すと、また来るから、というようなことを、独り言みたいに言ってました。
結局、私はシフトを朝5時から14時の早朝帯に変えてもらいました。理由は、生活リズムを戻したいから、ということに。
早朝に変えてからは、男の人を見ることはなくなりました。
そのお店は、3ヶ月後に店長が異動になって、内装のリニューアルでバイトも1新されたんです。私もそれを機にやめました。カナさんとは、それきり連絡を取ってません。
あの男の人が誰だったのか、いまも私は知りません。
私の名前をどうやって知ったのかも、本当に半年通ってきてたのか、別の店舗にいた頃から見られていたのか、何も分かってません。
ただ、コンビニの自動ドアの音を聞くと、いまでも一瞬、2時のあのレジに戻されるような感じがあります。
シフト表に下の名前を書く欄があると、いまでも書く前に少し手が止まります。
― 取材記録 ―
受け取り日
2026年4月(投稿フォーム経由)
追加取材
メールで3往復
掲載許可
仮名・地名ぼかし条件で承諾
編集
コンビニのチェーン名・店舗所在地・常連客の特徴を本人の希望で伏字。本筋は手を加えていない
― 三人のひとこと ―
こわまるうひゃあ、半年通って毎晩二時に同じ買い物って、もう日課じゃなくて儀式だよぉ!
この話、どうだった?