タクシーで何度も同じ客を乗せた話

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タクシーで何度も同じ客を乗せた話

Oさん(仮名・58歳男性・個人タクシーの運転手(首都圏))から、サイトの体験談フォーム経由で届いた話。2026年2月に最初の投稿があり、その後電話で1回(約1時間)、追加で取材させてもらった。仮名・地名のぼかしを条件に、掲載の承諾をもらっている。

これは、俺が個人タクシーをやってる時の話なんですけど。

俺は二十代の終わりに法人タクシーに入って、十年勤めてから個人の許可を取ったんです。それからずっと京都市内で流しをやってました。

営業区域は京都市と乙訓と宇治あたりまでで、夜の10時から朝の5時くらいまでの深夜帯が中心。

流しのルートは大体決まっていて、四条河原町で客を降ろしたら烏丸を上がって、二条あたりで反応がなければ東山の方に流す、みたいな組み立てを毎晩やってます。

実車率の良い夜と悪い夜があって、悪い夜は無線も鳴らないので、回送のまま白川通を一人で走ったりしてたんです。

最初にその客を乗せたのは、もう七、八年前の夏だったと思います。

深夜1時ごろに、祇園の花見小路の入り口で手を挙げられたんです。

四十代の半ばくらいの男の人で、黒いシャツに紺のスラックス、革のショルダーを斜めにかけてます。顔色はあまり良くなくて、少し痩せてる。

行き先は西院の方で、住宅街の小さい交差点で降ろしました。料金は二千円くらい。

会話は二、三言で、どこから来られたんですかと聞いたら、出張です、とだけ返ってきました。それで終わりです。

普通の客やと思います。

二度目に乗せたのは、その年の秋の終わりごろです。

場所は四条烏丸の地下鉄出口の前で、時間は深夜の12時を少し回ったあたり。

客が後部座席に乗ってきて、行き先を伏見の方ですと言ったとき、俺はバックミラー越しに顔を見て、あれ、と思いました。

前に乗せた人やな、と思ったんです。

同じ顔でした。痩せ方も、目の感じも、髪の分け方も、全部同じ。シャツは白でしたけど、革のショルダーは同じやつに見えます。

俺の方から、前にも乗っていただきましたよね、と話を振ってみたんですけど、客は、いえ、京都は今日が初めてです、と短く答えただけ。

それ以上は喋らずに、伏見の住宅街で降ろしました。

その時はまあ、人違いやろうな、と思って忘れることにしたんです。

流しをやってると、似た顔の客は山ほど乗せます。一晩で十五人乗せて、一週間で百人近く。覚えてる方が珍しいんです。

だから自分の見間違いやと思って、その夜のうちに頭から出しました。

三度目は、年が明けた次の春のことです。

場所は北山通の方で、時間も少し早くて夜の10時くらい。手を挙げて乗ってきたのが、また同じ顔の男でした。

今度はベージュの薄いコートを着てます。革のショルダーはありません。

俺はもう何も聞きませんでした。行き先を確認して、ただ運ぶだけに。

降りる時、料金を払いながら、ありがとうございました、と言われたんです。声も同じでした。低くて、少し掠れた声。

そこから二年くらいの間に、俺は同じ顔の客を、たぶん五、六回乗せました。

場所は毎回違います。祇園、烏丸、北山、出町柳、五条、京都駅の八条口。時間も季節も服も違うんですけど、顔は同じ。

客の方は毎回、初めて乗ったような顔をしてます。

途中から俺は、確かめるのも怖くなって、何も聞かないようになったんです。降ろしたあとは、そのまま回送にして、しばらく走ってから流しに戻すようにしてました。

四年前のことですけど、俺は事情があって広島の方に移ってます。

嫁の実家のことで、京都の営業権を一度返して、向こうで個人の許可を取り直してます。

広島市内は流しの感じが京都とはだいぶ違って、紙屋町と八丁堀のあたりがメインで、流川の繁華街が深夜帯の稼ぎ場らしいです。

最初の半年は土地勘もなくて、ナビばかり見てたんです。京都の話は、あちらの同業の人ともしません。

広島で流しを始めて一年ちょっと経った頃、流川で客を拾いました。

深夜の2時近くで、よれたスーツの男の人が乗ってくる。後部座席に座ると、行き先を西区の方ですと低い声で言います。

俺はバックミラーを見ました。

同じ顔です。京都で何度も乗せた、あの男でした。

少し白髪が増えていて、頬が前より痩けてます。それ以外は同じ。革のショルダーは、ありません。

俺は何も聞かずに、ただメーターを倒して走り出します。

途中で一度、前にどこかで会ったことありますか、と聞いてみました。客は窓の外を見たまま、いいえ、広島は地元です、と答えます。

声は、同じでした。

降ろしたのは、西区の小さなマンションの前。料金を払ってもらって、ありがとうございました、と言われて、それで終わりです。

あの客が誰なのか、何なのか、俺には分かりません。

京都と広島で、同じ顔の人間を別人として何度も乗せただけ、という話です。本人がそうやって生きてるだけかもしれません。

たまたまよく似た人を、たまたま俺ばかり拾ってるだけかもしれません。

説明はできないですし、信じてもらえなくていいです。

ただ、二十年以上この仕事をしてきて、こんなことは他に一度もありませんでした。書きたくなったので書きました。それだけです。

― 取材記録 ―

受け取り日

2026年2月(投稿フォーム経由)

追加取材

電話で1回(約1時間)

掲載許可

仮名・地名ぼかし条件で承諾

編集

営業エリア・客の乗車地点・降車地点を本人の希望で伏字。本筋は手を加えていない

― 三人のひとこと ―

すみ二十年やってて同じ顔を別の街で何度も乗せて、まだ流し続けてるの、根性でしょ。

こわまるやだやだ、京都から広島に変えても乗ってくるとか追ってきてるじゃん……ぴゃっ。

チヨ個人タクシーの運転手さんって、こういう「お客さん」を一人は持ってるんだよ。

この話、どうだった?

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