出張先の小料理屋で会った常連の話

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出張先の小料理屋で会った常連の話

Hさん(仮名・42歳男性・関東の中堅商社で営業職)から、サイトの体験談フォーム経由で届いた話。2026年3月に最初の投稿があり、その後メールで4往復、追加で取材させてもらった。仮名・地名のぼかしを条件に、掲載の承諾をもらっている。

これは3年くらい前、私がまだ仙台方面の取引先を担当してた頃の話なんですけど。

私は精密部品の営業をしてます。本社は関東で、東北エリアもひとりで持ってたんです。

仙台に大きな取引先が2社あって、2、3ヶ月に一度のペースで出張に行ってました。

火曜に新幹線で入って、水曜の夕方まで打ち合わせと工場見学、木曜の午前に営業所に顔を出して帰る流れ。直行直帰でいいんですけど、現地の所長がうるさい人で、必ず一晩は泊まれと言われてます。

泊まりは仙台駅東口のビジネスホテル。出張精算の上限内に収まるので毎回そこを使ってました。

夜は接待が入る日もあれば、何もない日もあります。何もない日は、ホテルの近くで1人で軽く飲んで寝る、というのが私の決まり。

その小料理屋は、駅前の大通りから1本入った路地の奥にありました。間口が狭くて、暖簾の屋号もかすれてます。

最初に入ったのは、隣のチェーンの居酒屋が混んでて入れなかった、というだけの理由なんです。

引き戸を開けるとL字のカウンターが8席ほどで、女将さんと息子らしき若い板さんで回してました。

お通しの茄子の煮びたしがやたら旨くて、次に仙台に来た時も自然と足が向きました。

3回目か4回目から、カウンターの奥にいつも同じ老人が座ってます。

70代半ば、ベージュのジャンパーで、熱燗を1合だけ2時間かけてゆっくり飲んで帰る人。女将さんとぽつぽつ話す程度で、私と老人の間には1席か2席空いていて、目が合うと小さく会釈する、というくらいの距離感でした。

そのうち女将さんから、あちらは長いお馴染みさんで、と紹介されました。

老人は軽く頭を下げて、関東からですか、お仕事ですか、と短く聞いてきます。

私は、はい、とだけ答えたんです。出張の話を1見の客にする趣味はありませんし、向こうも踏み込んできません。

会釈の関係、というのが1番近いと思います。

その日は、通うようになって1年目の冬でした。打ち合わせが長引いて、店に着いたのが9時を過ぎてたんです。

カウンターには老人が1人だけで、女将さんは奥で洗い物、板さんは買い出しに出てるとのこと。客は実質、私と老人の2人きりでした。

老人が、徳利をこちらに少し傾けて、1杯どうですか、と言ってくれました。私はお猪口を借りて受けます。

それで少しだけ世間話に。仙台は何度目ですか、寒くないですか、というような当たり障りのない話で、私は2、3ヶ月に一度来てます、とだけ答えてます。

少し沈黙があって、老人がぽつりと言いました。

お子さんは、男の子ですか。

私は、はい、と答えました。

家族の話はそれまで一度もしてません。指輪はしてますから既婚なのは分かるかもしれません。ただ、子どもの性別までは、その場で出る話ではないと思います。

老人はもう一度ゆっくり熱燗を口に運んでから、続けます。

お名前は、ハルトくんですか。

息子の名前は、確かにハルトです。当時は小学校の2年生。

私はその老人に、名前を一度も言ってません。財布も鞄も出してませんし、家族の写真を見せたわけでもありません。携帯はテーブルに置いてましたけど、画面はロックされたままでした。

笑ってごまかそうとしたんですけど、声がうまく出ません。

老人は私の顔を見ずに、徳利を見たまま、もう1つ言いました。

ご出身は、群馬の方ですか。

私の出身は群馬の県北の町です。これも、その店では一度も話してません。仙台で群馬の話をする理由がありません。

私は、何も答えませんでした。

老人もそれ以上は何も言わずに、徳利の残りを飲み終わって、お勘定、と女将さんに声をかけて、いつも通り静かに帰っていきます。

帰り際にこちらに会釈して、お気をつけて、とだけ言いました。声に変なところはありません。普通の、年寄りの声でした。

外に出ると、駅前のアーケードが半分電気を落としていて、風が冷たかったです。

ホテルまで歩く10分のあいだ、何度も振り返りました。後ろには誰もいません。

その夜、妻に電話はしませんでした。子どもの名前を当てられた、と言ったところで、向こうも返事に困ります。テレビをつけたまま寝ました。

翌朝、営業所に顔を出して、午後の新幹線で帰ります。

車内でずっと考えてました。誰かが私の身辺を調べてあの店に伝えた、ということが起きるとは思えません。

私はその店ではただの1見に毛が生えた程度の客で、調べる動機もありません。

性別、名前、出身、3つ続けて当てられた、というだけです。

本社に戻ってから、上司に頼んで仙台の担当を若手に引き継ぎました。表向きは後輩の育成、ということに。

仙台の取引先は今でも継続してますけど、私自身は出張先を東北から外しました。それ以来、仙台には行ってません。

あの店がいまもあるのかどうかは、知りません。あの老人がいまもあそこに座ってるのかどうかも、知りません。あえて調べてないだけかもしれません。

結局、何があったのかは、いまも分かりません。

怪我をしたわけでも、誰かに何かをされたわけでもありません。子どもの名前と出身地を当てられた、ただそれだけです。

それだけのことなのに、いまだに東北方面の出張の話が出るたびに、別の担当者を立ててもらってます。

理由は、誰にも話してません。話したところで、話の終わりがないんです。

― 取材記録 ―

受け取り日

2026年3月(投稿フォーム経由)

追加取材

メールで4往復

掲載許可

仮名・地名ぼかし条件で承諾

編集

取引先名・小料理屋の屋号・常連客の特徴を本人の希望で伏字。本筋は手を加えていない

― 三人のひとこと ―

すみ営業職が初対面の老人に職場と家族構成を当てられて、まだ酒飲み続けてるのすごいですよ。

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