祖父から受け継いだ家の祠の話

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祖父から受け継いだ家の祠の話

Uさん(仮名・56歳男性・関西で家業の不動産会社を継ぐ)から、サイトの体験談フォーム経由で届いた話。2026年1月に最初の投稿があり、その後メールで3往復、追加で取材させてもらった。仮名・地名のぼかしを条件に、掲載の承諾をもらっている。

これは身内の話なので、人の名前と土地の名前は伏せます。読んでいて気分が悪くなったら、途中でやめてもらってかまいません。

私はいま五十五で、関東の北の方の、旧街道沿いの古い家に住んでます。

祖父が亡くなったときに、家と土地をそのまま相続したんです。父はもっと前に亡くなっていて、私は一人っ子でしたから、相続のときに親戚の間でもめることはなかったです。

家は築六十年くらいで、母屋と物置と、それから敷地の北の隅に小さな祠があります。今日はその祠の話なんです。

祠は石の台の上に木の小さな社が乗っているだけのもので、扉の中には何も入ってません。

前に榊を立てる竹筒と、水を上げるための白い小皿が置いてあります。

祖父が建てたものではなくて、もっと前、祖父の父の代に建てられたものらしいです。

祖父の兄、つまり私の大伯父にあたる人が、南方の戦線で亡くなったそうです。遺骨は戻ってきませんでした。家の墓には名前だけ刻まれてます。

祠はその大伯父のために建てた、と祖父から聞いてました。

うちの家訓は短くて、祠を粗末にするな、それだけなんです。

祖父は朝起きるとまず祠の水を替えて、榊が枯れていれば取り替えて、それから家の中に戻ってくる、という人でした。雨の日も雪の日も同じ。

私が子どもの頃、なぜ毎日やるのか聞いたことがあります。

祖父は、戻ってこなかった人がいるから、とだけ言ったんです。それ以上の説明はしてくれません。

祖父が亡くなって、私が相続したのが十二年前です。

最初の二年は、祖父のやってた通りに毎朝水を替えてました。

ただ、三年目から私は仕事の都合で単身赴任になりまして、家には妻だけが残るかたちになったんです。

妻は嫁の自分が触っていいものか分からない、と言って、祠には手を出しませんでした。私もたまに帰ってくるくらいでは、毎朝の水替えはできません。

気がつくと、祠の小皿は空のまま、半年以上そのままになってたんです。榊も枯れたままで、竹筒の中に黒く崩れて溜まってました。

その年の秋に、母方の叔父が亡くなったんです。脳の病気で、急なことでした。

年が明けて、今度は父方の叔母が階段から落ちて足を悪くして、それから半年くらい寝たきりになって亡くなりました。

さらにその夏に、私の従兄弟の長男が、勤め先の工場の事故で亡くなったんです。まだ二十代。

一年半のあいだに、近い親戚で三人の不幸が続きました。集まりのたびに、何かよくないことが続くね、という話になります。

三人目の葬式の帰り道に、母の妹、私には叔母にあたる人が、車の中で私に聞いてきたんです。

あんた、祠はちゃんとしてるの、と。

私はそのときに、半年以上水を替えてないことを思い出しました。

叔母は私の顔を見て、それ以上は何も言いません。叔母は祖父の代の集まりにもよく来ていた人で、家のことをよく知ってる人なんです。

私は単身赴任先から戻った週末に、祠の前に立ちました。

竹筒の中の榊は黒く崩れていて、小皿の底には埃と虫の死骸がこびりついてます。

私はそれを全部洗って、新しい榊を立てて、水を入れて、しばらく祠の前で立ってました。何を祈ったのかは、自分でもよく覚えていません。

ただ、祖父に申し訳ない、ということだけは思いました。

それから三年が経ちましたけど、親戚の不幸はそれ以来止まってます。偶然かもしれません。

私は専門家じゃないので、因果のことは分かりません。ただ、止まったことは事実なんです。

いま私は単身赴任から戻って、家にいます。

朝起きると、まず祠の水を替えに行きます。榊は月の半ばに替えてます。雨の日は傘を差していきます。雪の日は長靴を履いていきます。祖父がやっていたのと同じなんです。

妻は今も祠には手を出しませんけど、玄関の近くに榊と水を用意しておいてくれます。

大伯父の命日が八月の終わりにあるんです。その日は線香も上げます。

戦没者名簿の写しが仏間の引き出しにしまってあって、命日の朝はそれを開いて名前のところに指を当ててから、祠に行きます。これも祖父がやってたことを真似してるんです。

家訓を粗末にするな、とは祖父は言いませんでした。粗末にしたらどうなる、とも言わなかったんです。ただ、戻ってこなかった人がいるから、とだけ言いました。

私はその意味が、十二年経ってようやく少し分かったような気がしてます。分かった気がしているだけかもしれません。

もし同じように、家の敷地に古い祠があって、誰がいつ建てたのかよく分からない、というお宅があったら、できれば水だけでも上げておいた方がいいと思います。

深入りはしないでください。私が言えるのはそれだけです。

― 取材記録 ―

受け取り日

2026年1月(投稿フォーム経由)

追加取材

メールで3往復

掲載許可

仮名・地名ぼかし条件で承諾

編集

家系・所在地・祠の正確な位置を本人の希望で伏字。本筋は手を加えていない

― 三人のひとこと ―

すみ祠の手入れサボった時期に親族の不幸が続く、っていうのは因果関係としてはかなり優秀なデータでしょ。

チヨ祖父の代から守ってきた祠、あれを粗末にした時の戻り方は、毎朝の水で十分。よく気づいたね。

この話、どうだった?

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