実家を片付けてた時に出てきた人形の話
Zさん(仮名・42歳女性・関西在住の主婦(実家は山陰))から、サイトの体験談フォーム経由で届いた話。2026年4月に最初の投稿があり、その後メールで4往復、追加で取材させてもらった。仮名・地名のぼかしを条件に、掲載の承諾をもらっている。
これは3年前の話で、話していいものか少し迷ったんですけど、最近またうちの母から人形供養の知らせが届いたのを見て、書いておこうと思いました。もし読んで気分が悪くなったら、途中でやめてもらってかまいません。
私は東海地方の山の麓の町で生まれて、いまは別の県でメーカーに勤めてます。
実家は古い家筋がいくつか残ってる地区にあるんです。
うちはそこまで古くはないんですけど、奥に座敷と仏間があって、桐の箪笥や古い長持がいくつか置いてある、いわゆる田舎の家。
3年前の春に、祖母が亡くなったんです。91でした。
父はもっと前に亡くなっていて、祖母は最後まで母と2人で実家に住んでました。
葬儀と初7日が済んで、49日のあとに、母から実家の片付けを手伝ってほしいと連絡があったんです。私は会社の有給を4日もらって、実家に戻りました。
片付けは奥の座敷から始めたんです。祖母が長く使っていた部屋で、桐の箪笥が3棹並んでます。
1番奥のいちばん古い箪笥は、私が子どもの頃から開けたところを見たことがありません。
鍵はかかってませんでしたけど、上に古い風呂敷包みが積まれてたんです。
母と2人で上の荷物をどかして、引き出しを順に開けていきました。古い着物と帯と、紙に包まれた帯留めがいくつか出てきます。
3段目までは普通でした。
4段目を開けたときに、奥に薄い桐の箱が1つ置いてあるのが見えたんです。
30センチくらいの細長い箱で、紐で10字に縛ってあります。母も初めて見るらしくて、何これ、と言いました。
私が箱を引き出して、座敷の畳の上に置いたんです。
蓋を開けたら、中に古い日本人形が入ってます。市松人形というやつだと思います。
黒髪のおかっぱで、赤い着物を着てました。顔は陶器のようにつるっとしてて、頬のあたりに少し汚れがあって、髪が1房だけ短く切られてるんです。
袖の裏に、薄く字が書いてある紙が縫いつけてあるんです。何の字かは読めません。
母がそれを見て、しばらく黙ってました。それから、これは触ってはいけない、と言ったんです。
私は、なんで、と聞きました。
母は、分からないけど、おばあちゃんが昔そう言ってたから、とだけ答えます。
私はそのときは聞き流して、写真を撮るために少し人形を持ち上げたんです。手のひらに乗せて、表と裏を見て、また箱に戻しました。それだけのこと。
その夜から、おかしなことが続きました。
最初は2階の私の部屋で、夜中に板の鳴る音がするようになったんです。
古い家なので軋むのは普通なんですけど、明らかに人が歩くような感覚で、足音が階段を上がってきて、襖の前で止まる、というのが2晩続きました。
母に聞くと、母は何も聞こえてないと言うんです。
3日目の朝、母が座敷の畳の上に髪の毛が1束落ちてた、と言ってきたんです。
長い黒い毛で、人形のあの1房とよく似てたそうです。母は私には見せずに、ちり紙にくるんで処分したと言ってました。
私はその日、座敷に入るのが少しためらわれて、奥の片付けはしませんでした。
4日目に休みが切れて、私はアパートに戻ったんです。
戻ってからも、夜中に枕元で、誰かが呼吸してるような音がしました。耳鳴りかとも思ったんですけど、寝返りを打って耳を変えても、音の場所は枕の右側のまま。
3晩それが続いて、私は母に電話したんです。母も、人形を出してから何かおかしい、と言いました。
その週末にまた実家に戻って、母と相談して、人形を処分することにしたんです。
最初はゴミに出そうとしたんですけど、母が、それはできない、と強く言いました。
地区の年寄りに、家の人形を捨てたら障りがある、と昔から言われてるそうです。母は普段、言い伝えにうるさい人ではないんですけど、その時だけは譲りません。
結局、地区の氏神様の神社に持っていくことになったんです。
その神社では毎年3月に人形供養をしていて、町内会の連絡網でも案内が回ります。3月はもう過ぎてましたけど、宮司に事情を話したら、特別に預かってくださると言ってくれました。
私と母とで、桐箱を新聞紙にくるんで車で持っていったんです。
神社で短いお祓いをしてもらいました。お経のようなものを読んだあと、宮司は箱の中の人形を見て、少し難しい顔をしてます。
これはどこから来たものか分かりますか、と聞かれました。私も母も、祖母の箪笥の奥にあったとしか答えられません。
宮司は、そうですか、とだけ言って、預かりますと頭を下げてくれました。
家に戻った晩から、2階の足音は止まったんです。
アパートに戻ってからも、枕元の音はしなくなりました。それきりです。
祖母が誰からあの人形をもらったのか、いつからあの箪笥にあったのか、最後まで分かりません。
母が祖母の妹に電話で聞いたんですけど、知らない、聞いたこともない、と言われたそうです。父も生きていたら何か知っていたかもしれませんけど、もう聞きようがないんです。
あれから3年経って、母から毎年3月に人形供養の案内が転送されてきます。
私はその案内を見るたびに、あの桐箱のことを少し思い出すんです。
いまは普通に暮らしてます。ただ、実家に帰っても奥の座敷にはあまり入りません。母も、その箪笥はもう開けないと言ってます。
もし家の中から心当たりのない古い人形が出てきたら、自分で何とかしようとしないでください。それだけです。
― 取材記録 ―
受け取り日
2026年4月(投稿フォーム経由)
追加取材
メールで4往復
掲載許可
仮名・地名ぼかし条件で承諾
編集
実家の所在地・人形供養の寺名・親戚関係を本人の希望で伏字。本筋は手を加えていない
― 三人のひとこと ―
チヨ神社で供養したら止まる、っていうのはね、出所を解明しないことが正解だったやつ。
この話、どうだった?