東北の古い旅館に泊まった話
Sさん(仮名・35歳女性・フリーのライター(旅行・郷土取材が中心))から、サイトの体験談フォーム経由で届いた話。2026年3月に最初の投稿があり、その後メールで6往復、追加で取材させてもらった。仮名・地名のぼかしを条件に、掲載の承諾をもらっている。
これは3年ほど前、私が取材で東北の古い旅館に泊まった時の話なんですけど。
私は普段、自分の名前で旅行ブログを運営してます。東北と北陸の温泉宿を中心に、もう10年くらい続けてるんです。
アクセス数が伸びたのはここ数年で、それまでは夫の収入で生活しながら、半分趣味みたいに記事を書いてました。
その日は地方紙の旅行コーナーへの寄稿の取材で、仙台から在来線とバスを乗り継いで、奥の湯治場に向かったんです。
その旅館は、戦前から続く木造3階建ての宿でした。
本館と自炊棟が渡り廊下でつながってて、本館の方は日露戦争のころに傷病兵の湯治場として使われてた記録があるらしいです。
帳場の脇に古い宿帳の複製が飾ってあって、明治40年代の日付と、軍の階級が書かれた名前が並んでました。
私はその写真を撮らせてもらって、案内された部屋に入ったんです。
部屋は本館の2階の角部屋。8畳の和室で、床の間に古い額入りの写真が3枚かかってました。
1枚は当時の旅館の外観、1枚は浴衣を着た客が大広間で食事してる様子、もう1枚は集合写真です。
集合写真には軍服の男性が10人ほど写っていて、後列の真ん中に旅館の女将らしい着物の女性が立ってました。
私は念のため、その3枚もそれぞれ別カットで撮影しておいたんです。仕事の癖で、後で記事に使えそうなものは全部撮るようにしてます。
夕食を済ませて、夜9時ごろに大浴場へ行きました。
源泉が3つあって、湯船が古い木造のままで、湯気で天井が黒く染まってます。
お客さんは私のほかに2人だけで、湯治の長期滞在の年配の方たちでした。
10時過ぎに部屋に戻って、ノートにその日のメモをまとめて、11時には布団に入ったんです。
目が覚めたのは、時計を見たら1時半。廊下を歩く足音で起きたんです。
コツ、コツ、と硬い靴の音。
湯治宿の客は普通、館内ではスリッパか裸足で歩きます。だから違和感がありました。
最初は酔った客かと思ったんですけど、音は私の部屋の前を通り過ぎて、突き当たりの方に進んで、それきり止みません。
少しして、また音が戻ってきました。今度は2人分。コツ、コツ、コツ、と重なってます。
私は布団の中で、息を詰めて聞いてました。怖いというより、明日の朝に帳場に伝えるべきかどうか考えてた気がします。
記事の取材中なので、宿のトラブルには敏感になってたんです。
音が部屋の前で止まりました。襖の向こうで、何かを引きずるような短い音がして、それから、ふすまが少しだけ開いたんです。3センチくらい。
私は身体が動きません。
隙間の向こうで、浴衣を着た男の人が立ってました。横顔だけ見えて、こめかみのあたりに白い包帯のようなものが巻かれてるんです。
男は私の方を見ません。少ししてから、ふすまは音もなく閉まって、足音が遠ざかっていきました。
朝までは眠れませんでした。
夜が明けて、外がうっすら明るくなってから、布団から出ました。
床の間を見て、私は一度立ち止まったんです。
額入りの写真が、4枚になってました。
増えていたのは、軍服の男性が1人で写ってる古いモノクロ。撮られた場所は、いま私が泊まってるこの部屋に見えました。床の間の柱の木目が同じです。
男はこっちをまっすぐ見てます。こめかみに白い包帯のようなものが巻かれてました。
私はその写真を撮ろうとして、何度かシャッターを押しました。
あとで確認したら、その4枚目だけ、どのカットも真っ黒に写ってたんです。前夜に撮った3枚は普通に写ってました。
朝食のあと、帳場で女将さんに会いました。
私は、夜中に廊下で物音がしました、と1言だけ言ったんです。
女将さんは少し黙って、ご迷惑をおかけしました、とだけ返してきました。
床の間の写真のことは聞けません。聞いたら何かが決まってしまう気がして、口に出せなかったんです。
チェックアウトして、バス停まで送ってもらう車の中で、女将さんが、本館はそろそろ畳もうかと話してます、と言いました。私は、そうですか、と答えただけです。
取材の原稿は書きました。ただ、その旅館の記事だけ公開できないまま、下書きフォルダに残してあります。
寄稿先には別の宿の記事を回しました。理由は自分でも説明できません。
その翌々年に、知り合いのライターから連絡があって、あの宿の本館が解体されたと聞いたんです。
老朽化と、後継ぎの問題が重なったらしいです。自炊棟の方は新しく建て直して、いまも営業してると聞いてます。
本館があった場所は更地になって、いまは駐車場になってるそうです。
私はその後、その温泉郷には行ってません。下書きフォルダの記事も、写真フォルダもそのまま残してあります。
ただ、4枚目の写真のことは、いまも夫にも話していません。撮ったはずのデータが、いつのまにかフォルダから消えてたんです。
元々なかったのかもしれません。自分でもよく分からないままです。
― 取材記録 ―
受け取り日
2026年3月(投稿フォーム経由)
追加取材
メールで6往復
掲載許可
仮名・地名ぼかし条件で承諾
編集
旅館名・所在地・部屋番号を本人の希望で伏字。本筋は手を加えていない
― 三人のひとこと ―
こわまるうひゃあ、軍靴の音が廊下に響いた翌朝、床の間の写真が一枚増えてるって、どう片付けるのこれ……ぴゃっ!
チヨ東北の湯治宿の床の間、写真が増えるパターンは記録より先に旅館側が知ってるはずだよ。
すみブログ運営十年で写真増えた件まだ書いてないってことは、書けない方の話なんですね。
この話、どうだった?