大阪に出張した時の話
Tさん(仮名・36歳男性・北九州の地方紙の整理担当)から、サイトの体験談フォーム経由で届いた話。2026年2月に最初の投稿があり、その後メールで4往復、追加で取材させてもらった。仮名・地名のぼかしを条件に、掲載の承諾をもらっている。
これは去年の夏、自分が大阪に出張した時の話なんですけど。
普段は北九州の小さな新聞社で整理の仕事をしてます。記事の見出しを切ったり、紙面のレイアウトを組むのが本業。取材で外に出るのは年に数回しかありません。
その数回のうちの1回が、たまたまその日だったんです。
取材先はミナミの繁華街にある古い飲食ビル。8階建てで間口が狭くて奥に長い、いわゆるペンシルビルってやつ。
そのビルが建ってる場所は、昔大きな火事のあった土地らしいんです。出発前に先輩から聞きました。デパートかなにかが燃えて、たくさん人が亡くなった、と。
自分はその時、ふうん、と聞き流してました。大阪に詳しくないので、いまいちピンと来てませんでした。
取材自体はビルの6階にある老舗のバー店主に話を聞く、というもの。地元紙との合同企画で、夕方4時に約束してたんです。
新幹線で新大阪まで出て、地下鉄に乗り換えて難波で降ります。地上に出てから少し迷って、なんとか時間ぎりぎりに到着。入り口の自動ドアは故障してて、半開きのまま止まってる。
エレベーターは奥にありました。1基だけの、扉が銀色の古い箱型。
ボタンを押すと、上のほうで重たい音が鳴って、ゆっくり降りてくる。扉が開いた時、中は無人。これは確かに覚えてます。
鏡が左右と背面に貼ってあって、自分1人が映ってる。
6階のボタンを押して、扉が閉まります。動き出してから、ふと背中側の鏡をちらっと見たんです。
そこに、自分の後ろにもう1人立ってる。
中年くらいの男。グレーのシャツを着て、両手をだらんと下げて、こっちに顔を向けてる。
表情はちゃんと見ていません。というか、見られなかったんです。怖いとか、そういう前に、頭が状況を理解できませんでした。
振り返ろうとしたら、ちょうど3階を過ぎたあたりで、エレベーターがガクン、と一度止まりかけました。蛍光灯がチカチカしてる。
それから何事もなかったように、また動き出して。鏡の中の男は、もういません。
6階に着いて、扉が開きます。降りる時、足が変に重たくて、つまずいて段差にぶつかりました。
バーは廊下の突き当たり。店主は普通に出迎えてくれて、自分は何も言わずに、予定通り1時間ほど話を聞いて、写真を撮ってメモを取りました。取材の内容は問題なく終わったんです。
帰り、同じエレベーターに乗るのが嫌で、非常階段で1階まで降りました。階段は薄暗くて、踊り場ごとに小さな窓があって、外の看板の光がちらちら入ってくる。
1階に着いた時には、シャツの背中が汗でびっしょり。
新幹線で帰る道中、ずっと考えてました。見間違いだろう、疲れてたんだろう、と何度も自分に言い聞かせて。
実際、前日は校了で遅くまで残業してたんです。睡眠不足だったと思います。それで片づけようとしてました。
北九州に戻った翌週、社の喫煙室で大阪出身の先輩記者と雑談になりました。出張どうだった、という話の流れで、自分はあのビルの名前を口にしたんです。
すると先輩は、煙草を持ってた手を止めて、ああ、あそこ、と短く。それから、エレベーターで何か見なかったか、と聞いてくる。
自分は黙ってしまいました。
先輩は、こっちの顔を見て、納得したように頷きます。
あの一帯のビルでは、その手の話は珍しくないそうです。先輩の知り合いの記者も、別のビルで似たような目にあったらしくて。
火事で亡くなった人の数が多すぎて、土地ごと残ってるんじゃないか、という言い方をしてました。本当のところは分かりません。
ただ、地元の新聞社では、新人をそのあたりの取材に1人で行かせない、という暗黙のルールもあるらしいんです。
自分は今のところ、その後ミナミに行く機会はないです。あえて避けてるわけでもないんですけど。
できれば二度と、あのエレベーターには乗りたくないと思ってます。
― 取材記録 ―
受け取り日
2026年2月(投稿フォーム経由)
追加取材
メールで4往復
掲載許可
仮名・地名ぼかし条件で承諾
編集
ビル名・取材先店舗名・先輩記者の名前を本人の希望で伏字。本筋は手を加えていない
― 三人のひとこと ―
こわまるうひゃあ、エレベーターで後ろ振り向くの怖すぎだよぉ……鏡見ちゃう派?
チヨ雑居ビル、最上階だけ妙に静かなんだよね。階数表示じゃ追えないやつ。
すみ取材中なのに「気のせいかも」で済ます記者、ちょっと取材姿勢として大丈夫ですか。
この話、どうだった?